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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

<   2013年 02月 ( 23 )   > この月の画像一覧

とっても素敵な気仙沼プラザホテル、ゆっくりできました最高です気仙沼プラザホテル、気仙沼に癒しの温泉宿

仕事で行っても、夜一人になるときは自分の時間、とても大切にしています。そんな時、素敵なお宿に泊まれたら心も本当にゆっくりでき、疲れも取れます。とても心地のいい時間が過ごせます。仕事先でのお宿は私はとても大切にしています。
ここ気仙沼に参りますと「気仙沼プラザホテル」に決めています。これまでにいろんな楽しいことが沢山有りました。家族でも大変お世話になっりました。そんな中でも、今回はこんなことがありました。
いつも泊まる部屋を決めさせていただいていますが、なんと素晴らしいことに気付いたのでございます。
最近カメラに少し興味を覚えまして、やたらと撮っています。何かいい被写体はないか・・。探し求めているといった方がいいかもしれません。
早朝に窓越しに、外を見ましたところ、いつもは見ない方向に朝日が出ていました。えっと思って再度確認。なんと窓ガラスに朝日が映り錯覚の現象です。何とも不思議な光景でありました。
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実はこちら側から朝日は上がるのです。
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それにしてもここ「気仙沼プラザホテル」からの朝日はとても素晴らしく、私の楽しみの一つです。綺麗な景観は惚れ惚れとします。朝に照らされて、湾内に日が差し込むと刻々とその景色の彩色に変化が出てきます。それがとても綺麗なのです。
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こんな素敵な景色が朝食会場から見られます。美味しい朝食に素敵な景色、最高です。

朝のバイキングも湾内の景色を見ながら頂きます。こちらは部屋からの景色とは反対側になりますが、活気ある市場も一望、ひっきりなしに入ってくる漁船、そして大島との連絡船が湾内に賑やかさを演出してくれます。活気を取り戻しつつある気仙沼は復興の日を待っているところです。

朝食、夕食も非常に充実していて大満足でございます。良いお宿はそのお宿だけでも最高のおもてなしだとそう本当に思います。みなさんは最近どんなお宿に泊まられましたか。素敵なお宿に泊まったら、その一つ一つが心の素晴らしい想い出となっています。ありがとうございます。感謝いたしております。
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私の部屋からの湾内の情景です。良いでしょう。
by fujitakikaku | 2013-02-27 23:31 | 頑張れ気仙沼!! | Trackback | Comments(0)
頑張れ陸前高田、リンゴの気持ち分かりますか陸前高田の皆様、気仙沼遅すぎる復興の問題点提案
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こんな絵を描きました。気仙沼、陸前高田、大船渡・・・・元気な鉄道は幸福をつなぎます。これが絆ではないか。とうとう絵まで描いてしまいました。(藤田八束・作です)

陸前高田市へバスで、かって、私が知っている陸前高田市とは思いもつかない変わり果てた姿がそこにはありました。大津波の大震災から3月11日には2年が立とうとしています。
気仙沼も復興が遅いと思っていましたが、それよりもつと遅いと思われるその変わり果てた姿でした。何故こんなに復興事業は遅いのでしょうか。膨大な予算の執行が何故遅いのでしょうか。
復興計画の立て方、その予算の立て方、何かに問題がありすぎるからでしょう。円高対応のおかげで膨大な円が日本に溜まります。それを執行するわけですから、お金はふんだんにあります。私なら、次の手順で実行に移します。
①住民に、町毎のグループ化を図り、街づくり計画書を作成することを指示します。街は代表者を決めて復興計画書を作成します。
②代表住民を集め、説明会をします。反対意見と、賛成の意見が出ます。大いに議論し、問題点を明確にし、解決策を決めます。必ず決めます。(指導者が絶対にまとめ上げます。ここが重要なところです。少々の反対は強引に決定してしまいます。前に進めることが大切です。)
③更に説明会を行い、決定します。反対意見は出ますが、まとめ上げます。この決定は市長、又は町長、村長が決定します。
④この案を持って最終復興計画案としてまとめあげます。
⑤市、町、村は速やかに実行すべき行程表を造り上げ、予算を付けて国にあげます。
これが進め方の大枠です。とにかくどんな行程であれば住民が望む街づくりが一日も早く、実際の復興が進むかということです。国から予算が決まって、それをどのように使うのかを考えている現状に問題があります。これはどう見ても執行が遅くなります。企業であれば私のやり方になります。どうしてもこの方法を変えないといけないと思いますが、皆様はどう思われますか。
方法を変えればいいだけだと思います。そして、もっと住民の代表者が執行にかかわりあう必要があると思います。もっともっと、どんどん関係し、協力を惜しまないことです。
本当に遅すぎます。
現地を見て遅い復興に悲しくなってしまいました。

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陸前高田へ向かいました、悲惨な姿は予想していませんでした。
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インフラ整備どころか、かっての街は田んぼ状態でした。
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瓦礫の分別がされていましたが、ここまで選別処理する必要があるとは思えないのですが、どうしょうとしているのでしょうか。インフラの整備は早急に必要です。ある意味気仙沼などの生産地が復活することがリゾート地のある陸前高田にとっては必要と思います。連携した復興も必要と思います。
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この建物はいつぞや新聞で紹介されていた「みんなの館」ではないだろうか。人気もほとんどなく寂しい感じがしました。何の目的で造ったのでしょうか。
住民は話し合い、知恵を出して復興へ向かわないと・・・・・・。復興できるのだろうか。
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小さな中に一生懸命な姿がみられました。頑張ってください。でも市民が一致して頑張らないと復興は遠いと思います。賢く頑張ってください。
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陸前高田の松原にキャッスルホテル1000がありました。何度も泊まりました。とても素敵なホテルで美しい海は海水浴でにぎわい、快適なホテルであったと、とても印象深くあります。しかし、そのホテルの解体が進められていました。
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学校の校庭には仮設住宅がありました。
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被災した学校がありました。ほんの海近くにありました。こんなロケーションは初めてです。多くは学校は丘の中腹に見ていました。気仙中学校と掲示されていました。子供たちは大丈夫だったのでしょうか。無事であってほしいと手を合わせて祈りました。
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陸前高田のりんごのことは前にも紹介しました。やっと見ることが出来ました。りんごの木は雪の中で元気いっぱいでした。りんご園は丘の上にあり、今回の震災の影響はなかった様子でした。
このリンゴが陸前高田を応援してくれます。地域住民はこのリンゴの気持ちを理解できますか、キット素敵な笑顔で応援してくれていると思います。「頑張れ陸前高田」
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今年もキット真っ赤な可愛いリンゴが笑顔で「頑張れ」そういってくれると思います。気づいてください陸前高田の被災者の皆様、すぐそばに元気の素があることに気づいてください。
私たちは18年前の阪神淡路大震災ではすさみかけた心を「バンジーの花」が元気をくれました。「頑張れ」と花を沢山咲かせて励ましてくれました。

陸前高田の復活には鉄道は絶対に必要です。このままだと本当に過疎化します。気仙沼、大船渡とも連携して鉄道を復活させることです。不便すぎます。不便なのはいいのですが、不便すぎます。せっかくの素晴らしい場所も人がいないとその美しさも意味を成しません。防潮堤はいりません。必要なのは鉄道です。
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私思い余って、こんな絵を描いちゃいました。こんな素敵な街に三陸がなってほしい。本気です。
なることが復興の早道です。鉄道が人をつなぎます。鉄道が絆をつくります。
by fujitakikaku | 2013-02-26 23:31 | 災害国日本は何故発展したのか、頑張れ被災 | Trackback | Comments(0)
気仙沼へ参りました。それは元気な皆さんに会いたい一心からでした。そして、気仙沼地域HACCPの再開と再構築が目的でもありました。
元気な皆さんに90分間にわたってお話をしましたが、皆さん、私の話を真剣に聞いてくださいました。演壇に立った時、全ての思いが込み上げてきて、感極まってしまいました。しばらく声になりませんでした。
話を進めるにつれてこの気仙沼、絶対に、見事に蘇らせてみせる。そんな決意が私の中に湧いてきました。どこの地区よりも一日も早く再構築したいと思います。全国の皆様、これまで同様にご支援宜しくお願いします。
夜皆さんと食事をさせていただきましたが、楽しい時間を持てました。講演の内容は日を改めてご紹介させていただきたいと思っています。

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気仙沼水産加工業振興協議会の皆様と楽しい時間を持たせていただきました。これからの取り組みについてもいろいろお伺いいたしました。ありがとうございました。
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あの震災の時お世話になりました気仙沼プラザホテルにて、外には見事な満月が綺麗でした。きっとこの取り組みには素晴らしい何かが待っているような予感がします。
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あの大震災から二年目が立とうとしています。復興がなかなか進まない中、この取り組みは注目されています。
「皆で確固たるものを構築しましょう。」「復興のシンボルになるように頑張っていこう」と約束しました。
by fujitakikaku | 2013-02-25 23:53 | 元気をくれる町、元気の欲しい町 | Trackback | Comments(0)
くまモン人気に沸く熊本、くまモンが可愛い熊本空港、熊本空港での楽しみ、熊本と言えばくまモン、営業部長のくまモン奮闘中、熊本と言えば加藤清正公でしょう。

熊本空港は沢山のおみやげ品が楽しく並んでいますが、どれにも「くまモン」が貼ってあります。正に「くまモン」一色と言った感じです。営業部長としての「くまモン」がここでも大活躍中でした。
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熊本空港には「くまモン」も可愛くていいのですが、こんな偉人の紹介もあり、歴史の好きな人には嬉しいと思います。飛行機を待つ間にこうした配慮があるととても嬉しくなります。ちょっとした歴史と偉人の勉強にもなります。とても分かりやすく紹介されていました。絵(彫刻)もとても素敵でした。
加藤清正公など歴史上の偉人たちです。
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飛行場へ行く楽しみがあります。それはどんな工夫がされているか、その空港の素晴らしさに会うととても嬉しいですね。喜ばせてくれるほど素敵さを感じるものはありません。熊本空港はとても素敵だと思います。
by fujitakikaku | 2013-02-24 00:18 | 電鉄、鉄道、廃線、頑張れ鉄道 | Trackback | Comments(0)
気仙沼の皆様の素敵な笑顔に会い行きます、くまモンの元気を気仙沼にもらおう、安部総理気仙沼は頑張ってますよ

熊本の「くまモン」が頑張っています。というより、前より熊本のことを再参加ご紹介していますが、とにかく熊本は元気がいいですよ。
市内を走る市内電車がとにかく良い。たまらなく素晴らしい。
電車の中はお客様で満員です。観光客かと思えば市民の方、つまり市民が愛用しているということです。
何処から乗っても市民の方々でいっぱいです。電車の中では会話が始まっていました。とても楽しそうです。市内を走り回る電車がまた可愛いのです。「市電を廃線にしなくってよかった~。」偽りのない本音が市民の皆様の声です。廃線にしようとしたのですが、それもお金がかかる。財政の厳しき折、廃線にもできず。ならば市民の足になるように。徹底した政策が打たれます。どこまで行っても150円、きれいな電車に仕上げて清潔感もいっぱい。人気の出た電車は動く広告塔に大変身します。
何といっても素晴らしいのは、市民が愛していて、できるだけ自分たちが乗る。利用するという徹底ぶりです。
電車は蘇えります。沢山の人が乗り、楽しい会話が弾みます。電車も楽しくてしょうがないという感じがします。
つれて、観光客も楽しいから乗ります。そして発展する市電は市内を端から端まで走ります。次から次に来る電車にはびっくりします。
結論です。電車を愛する心、それはその電車に乗って楽しい話をすること。元気いっぱいの市民には健康そのものです。子供達もいっぱい、お年寄りも元気に街へと出かけお買い物です。
熊本は一足先に春が来ていました。子供達も元気に電車に乗って街に出たり、学校へと活気に満ちていました。そして、笑顔の「くまモン」が微笑んでいました。熊本を学びましょう。
元気をもらえる街がここにあります。さあ、おおいに参考にして復興へ向かいましょう。すばらしい日本はみなさんを支援し続けます。復興できるまで・・・・・。

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「チキンラーメン」のこの電車大好きです。可愛さいっぱいの動く広告塔です。とにかく市民が乗ります。ここが大切なところです。観光用ではないのです。結果として楽しいから観光の私たちも利用します。ますます電車は元気になります。市民に愛されない、そんな電車は赤字になってしまいます。観光用は誰が利用しますか?自分たちは自家用車で、観光客は高い料金で、寂しい電車に。これが赤字の原因です。
朝は学生たちで大賑わいです。素敵な電車が熊本の市内を走ります。
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加藤清正公の像です。熊本県人が最も誇りにしています。英雄です。
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「くまモン」は元気に営業中です。営業部長からいよいよ事業部長昇格のようです。
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気仙沼の「ホヤぼーや」に会いに行きます。元気な笑顔を見せてくださいね。
by fujitakikaku | 2013-02-22 23:48 | 頑張れ気仙沼!! | Trackback | Comments(0)
原発の再開には安倍総理の英断が必要、原発はどうすべきか、日本再生を三池炭鉱の歴史に学ぶ・・・④4/4

三池炭鉱遺産を見学し、私が感じ、そして復興への参考としてもらいたいと提案したい点・・・④4/4

3回に分けて熊本県荒尾市の「三池炭鉱」を訪問して、学んだことを紹介しました。結論として下記の点を被災地復興に提案します。

災害は人生の災害として考えると、なんだかの形で人は受けるものと考えておくこと。自分が受けた災害が最も身にしみて辛いものではあるが、いろんな形でもっとつらい境地にある人がいるという事実を認める。

災害を受けても、それを現実として受け止め、再挑戦に向う。その時、自分の持っているものをその武器として克服していく。生き延びたということはこの世でなせば成らないことがあると神様が判断されたと考える。

しっかりと目標を決める。それを達成するための行程表を作る。協力者が多いほど達成した時の喜びが大きい。それを目標とする。復旧・復興に向けてはこれまでの事例を参考にし、経験者の話を良く聞き、参考にし、自らが復興の絵を明確にし、それを信じ、周りの協力をえるなかですすめる。協力者がいないということは少なくとも自分だけがいいと思っているにすぎないと考えるべき。

世界の最先端の技術を参考に導入できるところは徹底的に検討する。自分たちの持っているもので復興しようとしても復旧がいいところと思います。

三池炭鉱は、先ずエネルギー政策を基本にして、石炭を見つけ、それを柱とした。ただ、燃やしてエネルギーとしただけではなく、生活に必要な化学物質の原料として開発に成功、化学工業を世界レベルにしている。そして、人工甘味料の合成にも成功している。実に多岐に渡る技術開発である。そして、日本の採掘技術は世界最先端の技術をヨーロッパから導入し、改良し、世界一の座についた。研究をおろそかにしない。より良いものに改善する。

しかし、技術革新は更に進み、石炭から石油へと変換する。しかし、原料は変わっても培った技術は応用分野へと発展し、今日の応用化学の発展に続いています。
形は変わる、でも技術革新がある限り、常に世界のリーダーでいられる。努力研鑽は当たり前だと考えます。

自信を持ち直し、一日も早い復旧・復興に向いましょう。
災害はあるものとして、起きた時にその被害を最小限にし、命があればこの国にいる限り、復興できないますがありません。しかし、そこには自分に常に厳しくないといけないと思います。義援金、支援金、復興支援金、いろいろ使ったとしても必ず税金として返すという決意は絶対に必要と思います。全ては国民の優しさです。優しさに甘えることなく、自らの力で復興したいと思います。原発を此処で捨ててはいけない。先輩たちの努力を更に安全にしてみせる。日本の若者たちなら絶対にできる。復興も目標を決めたら世界の技術からして一年もあれば十分。目標がないことが最大の問題とすべき。

復興の過程を雇用促進の場にしない。復興を一日も早く成し遂げ、そこからの企業活動の持続可能なるものが本来の雇用と考えておくこと。街づくりは世界の知恵を借り夢のあるものにする。

炭坑の事故で大黒柱をなくしても、母親は懸命に子供たちを育て上げました。その子供たちは母親を楽させてあげたいと一生懸命に勉強し、そして、働きました。それが今日の世界経済大国の素晴らしい姿です。
子供を大切にすること。「親は食べなくても子供にはしっかり食べさせる」この大切な気持ち。持ち続けてほしいと思います。子供の時にちゃんと食べていないと脳細胞が機能不全になってしまいます。そんな頭で世の中渡れません。子供達の健全な教育と健康は絶対に守りましょう。ここを外してはいけません。

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メンテナンス室というところでしょう。修理をしたり、工作したりしていた姿がうかがわれます。機械好きの技術者たちの集団だったのでしょうね。楽しい話声が今にも聞こえてきそうでした。
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室内には錆びついた機械が、部品が所狭しと置いてありましたか、その錆の色が先輩たちの心意気を感じさせられました。
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竪坑は独特の形をしています。地下深くに降りての作業ですから、こうしたエレベーターが必要だったのだと思います。他の炭鉱には見られないものです。
鉄道が引き込みされているのですね。彫り上げ、選別された規格の石炭が運ばれた線路です。なかなか絵にもなっていました。
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機械も重厚で、これがなかなかいい雰囲気を作り上げていて、劇場のようでもありました。コマーシャルフィルムの政策にここを使うこともあるそうです。映画の舞台にも。納得です。
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外観はレンガ造りのところがとてもいい雰囲気を造り上げています。よくぞ残していただいたと本当にありがたく思います。ほとんどが解体されたそうですが、この部分だけは残しておいてほしいとの要望があり、残したそうです。これを維持するにはお金もいりますが、これこそ日本の財産として、遺産として残すべきだと思います。負の遺産は私はいらないと思います。
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この大きな施設が当時炭鉱の大事故で父親を亡くし、残された家族が生きていくためにと作られた縫製工場だそうです。個々では活気に満ちていて、笑顔をわすれないこととして、前を向いて、子供のためにと一生懸命にお母さんたちは働いたそうです。子供たちはりっぱに成長し、親孝行をしたのだといっておられました。
親孝行したのがこの私です。ボランティアの方でした。まさしく偽りのない、素敵な証明でございます。
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どれ一つとして無駄なものはなく、全てが遺品です。遺産です。
お話は一つ一つの機械に、そして、それを守る建物に渡って丁寧な説明をいただきましした。
賢者たちが遺産を残してくれていることを改めて知ることが出来ました。ありがとうございます。
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瀬戸さんに案内していただきましたが、経験された方の話は重いです。本当に勉強になります。こちらが元気をもらえます。先人達、先輩たちの努力を目の当たりにして頭の下がる思いがしました。それでは私たちはどうすべきか、大いに力が湧いてきました。
日本の復興も東日本大震災からの復旧・復興にかかっています。
by fujitakikaku | 2013-02-21 23:49 | 頑張れ気仙沼!! | Trackback | Comments(0)
福島復興の手本は三池炭鉱に学べ、東日本の復興は九州の歴史を知ること、安倍内閣を応援しよう・・・・・・・③3/4
苦しい時に人は育ちます。ただし、賢明な努力が必要です。(③3/4)

三池炭鉱万田抗と呼ばれているこの施設は戦後の日本産業の復興に大きく寄与いたしました。全国の荷物を西に東に運ぶ列車や貨車は黒煙をあけて走りました。このエネルギー源となったのもこの石炭です。私たちの青春時代の話でもあります。今はそれを懐かしみ蒸気機関車が走るといえばカメラを持って追っかけます。それはその時代の忘れられない心のふるさとがそこにあるからであります。あの黒い煙も、蒸気もこの石炭があっての乗物でした。1469年に農夫が薪を焚いていた時に石が燃えているのに気付いたのが三池炭鉱の石炭の発見たといわれています。産出された石炭はこのように蒸気動力や大規模な製鉄産業に利用されていきました。北九州に栄えた製鉄産業の発展にはこうした背景が有ります。良質の石炭は有明の海底深くに眠っていることが発見されると、坑口はその海底へと向かい、深い地底から掘り上げる技術が開発されていきました。
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1945年終戦後の復興が始まります。日本は戦後の復興にこの石炭を特に必要としました。
それに伴って三池炭鉱は活況を呈するようになります。
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これらの機械類はヨーロッパから輸入されたそうです。そして、当時の技術者たちにより改良がくわえられ世界一の採炭方法が確立されていったとお聞きしました。
この錆びついた機械がすばらしく、何とも言えない素晴らしい雰囲気を出しています。ここにはプロのカメラマンやコマーシャルフィルムの作成な゛に広く使われているそうです。とても雰囲気あるすごい機械室でした。
懸命に経済の復興に努め、働き続けた三池炭鉱は、懸命に汗を流したがゆえに私たちに深い懐かしさと感動をくれるのだと思います。素晴らしい後世に残したい財産でと思います。
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とってもこの機械たちは素晴らしい姿をしています。漂う雰囲気が良いのです。パワースポットのように感じました。機械たちは今にも動き始めるかのような感じがします。
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坑内のほんの一部ですが、ここもいい雰囲気です。古びた設備が何ともしびれます。良いですね。カメラの好きな人、絵が好きな人は絶対に最高の気分になると思います。是非行ってみてください。こんな雰囲気は全国にもないと思います。
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坑内には当時の様子をうかがえる施設がありました。何とも言えない素晴らしい雰囲気です。やはり沢山のマニアたちがおと連れ瑠そうです。また、コマーシャルフィルムもここで沢山とられているとお聞きしました。実に素晴らしいと思います。人の心に伝えるものがしっかりとあります。
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とにかく、いまここに休んでいる施設がありますが、その当時大活躍をしたのでしょう。こうした姿も私たちに多くの知恵を授けてくれているように思います。大仕事を終えた施設は私たちに賢者の知恵と生きぬく力を与えてくれているように思えてなりません。
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炭鉱夫達は一日の仕事を終えるとお風呂に入ります。最高のひと時だったようです。そのお風呂の跡が残されていました。レンガ造りのとても雰囲気のいい建物です。
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掘り出した石炭、作業者の構内への移動と、竪坑はフル回転だったのでしょう。今はその面影がわずかに残っているにすぎません。
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建物の一つ一つに歴史が刻まれていて、ここにいるだけでパワーをいただける気分になりました。多くの人の力がここに結集し、戦後の復興に大きく寄与したことは間違いないとはっきりと知ることができます。
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石炭を運搬する炭車で「炭がん」と呼ばれていたそうです。なんか寂しそうな姿に魅せられます。たまりません。とってもいい雰囲気を漂わせています。
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しかし、1950~1960年代には、エネルギー革命が始まりました。石炭から石油へとシフトしていきます。
瞬く間に日本の炭鉱は閉山へと追い込まれていきます。衰退するときのスピードは本当に早いものです。これがエネルギー革命というものです。この合理化策をめぐっての三池労使闘争は歴史に残る凄まじいものでした。それは1959年から1960年に起こっています。そして、合理化闘争が終焉したその次には大規模な事故災害に見舞われ、500人からの人が亡くなり、約10000人からの一酸化炭素中毒患者を出す結果となりました。戦後最大の悲惨な事故災害となってしまいました。最盛期には年間に657万トンという膨大な量の石炭を掘り出していました。一日に2万トンです。海底を採掘する三池炭鉱はコストもかかり、ついには1997年閉山をむかえることになったそうです。
戦後日本の発展の背景にこうした犠牲者の方も多々あることを歴史の事実として知っておく必要が絶対に有ると思います。
そこには苦しい時、人々が知恵を出し、協力して乗り越えてきた生き様があり、賢者の力を知ることができます。これこそはここ三池炭鉱にもあり、正に日本産業の遺産だと思います。大切にしたいと思います。
実に素晴らしい遺産だと思います。

まだまだ続きます。④4/4で最終回です。
by fujitakikaku | 2013-02-20 23:44 | 頑張れ気仙沼!! | Trackback | Comments(0)
三池炭鉱の歴史を知ろう、エネルギー改革の歴史と三池炭鉱、福島原発の悲劇と三池炭鉱比較・・・②2/4

被災地復興の参考にしたい、三池炭鉱の素晴らしい業績・・・・・②2/4

東日本大震災は福島原発を破壊し、復帰が不可能かとも言われています。・・・ではどうするのか。日本にも辛い歴史はあります。それもつい最近のことです。賢者たちの努力の跡を見てみます。ここ熊本県荒尾市には戦後の日本産業に大きく寄与し、石炭を供給した三池炭鉱があります。すでに廃抗となっていますが、かつての元気さと歴史の素晴らしさを資料として残され、当時のことを知る貴重な資料が沢山保管されています。福島の人達もこの遺産を見て、その事実を知ることは復興を早める、人生を見直すのにとても参考になると思います。自分たちだけが悲惨ではなく、歴史の中でどのように先輩たち懸命な努力の中で、犠牲を受けたかをうかがい知ることが出来ます。教育の中でこうした事実を知ることの大切さを痛感します。又、炭鉱事故が当時多く、大黒柱を亡くした家族が生計を立てるために、会社は別に縫製工場を作り、生活の糧を設けたそうです。そして、熱心なお母さんたちは縫製技術を作り上げブランド品として高い評価を受けるに至ったと聞いています。この事実もこの遺産の中に残っています。懸命に生きようとするその中で、素晴らしい明日への技術革新が、新たな製品を生み出されている事実を知ることが出来ました。

三池炭鉱の素晴らしさは世界遺産を目指しています。明治維新より、海外に目を広げいち早くこの地一帯が、特に戦後の復興に、日本経済の発展に寄与したということで、山口、筑豊、そしてこの地一帯を世界遺産へとの運動がすすめられていました。素晴らしいと思います。応援したいと思います。

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当時の工務部だそうです。ヨーロッパから導入した技術を改良し、世界一の発掘技術を産み出していきます。この技術は今や広く世界中で評価され、導入されているということでした。素晴らしいものです。
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三池炭鉱の技術の素晴らしさ、その内容を写真で紹介されていました。写真が白黒だけにとても当時を見るのに最高の資料となっていました。時代の変化の速さを知ることができます。
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元炭鉱夫の方の作品だそうです。自分たちの仕事の様子を模型として再現されたということでした。自分の姿であり、仲間たちの姿でもあり、仕事に対する姿勢の素晴らしさ、絆の強さを伺い知ることのできる素晴らしいものでした。
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現場の姿が見事に模型で作り上げ、表現されていました。実際にそこで仕事をされていたからここまで繊細にできたのだと感心しました。そして、この作品には何と言っても「誇り」が感じられました。素晴らしいと思います。とっても力強いのに感心していました。
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元炭鉱夫の方がボランティアとして活動されていました。それだけに迫力も満点です。丁寧なご説明を受け深く感動をいたしました。ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
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三池炭鉱の石炭は有明海の地下深くから掘り出され、その品質は超一級品で断トツの世界一だったそうです。その超一級品の証はこの輝きにも見られました。正に黒いダイヤモンドです。
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当時の通勤電車です。是非この電車が見たいと思いましたが、この日は時間がなく、見ることができませんでした。残念でたまりませんでした。一部の区間で今も使われているようです。絶対に見たいと思っています。
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世界遺産の運動がすすめられていました。素晴らしい遺産です。福島の方には、子供達には絶対に見せてあげたいと思いました。復興の貴重な参考資料となると思います。
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先輩たちの懸命な努力の跡を肌で感じ、鳥肌が立ってきました。
被災地のみなさんは是非行かれたらと思います。すばらしい復興との様子も知ることができます。生きるための懸命な努力と、素晴らしい知恵がここにはありました。繁栄するには人があってのものだと感動しました。

・・・・この遺産の話はまだまだ③④へと続きます。
by fujitakikaku | 2013-02-19 23:12 | 頑張れ気仙沼!! | Trackback | Comments(0)
輝かしい三池炭鉱の歴史、戦後復興と三池炭鉱、三池炭鉱頑張れ世界遺産、原発廃炉に三池炭鉱の歴史を知る・・・・・・・・①(1/4)

①とっておきの素晴らしい遺産をご紹介します。九州、熊本県荒尾市にはこんな素晴らしい遺産があります。

日本は今、原発廃炉か安全性を確認して再開か・・・判断を迫られています。
こうした日本経済の今後を考えるのに、私はぜひこの街を見られることをお勧めします。それは九州、熊本県荒尾市にある三池炭鉱の跡地です。ここにはかって繁栄を極めた石炭の町とそのすばらしい遺産と思うべき遺構が健全な姿で残されています。実に素晴らしいものです。ご紹介したいわけはもっとほかにもあります。それは復興の大きな参考になると思うからです。繁栄を極めたこの地が技術改革の波にのまれ、生活の場をなくします。しかし、住民たちはこれまでの経験を生かし、新たな道を切り開いていきました。賢者たちの生き方がそこにはありました。
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かって、この日本経済と産業の繁栄は石炭というエネルギーによって支えられましたが、この真の姿をここ三池炭鉱に見ることができます。とても素晴らしい記念館があります。
この絵は元炭鉱夫の方が描かれた当時の絵だそうです。繊細でとても美しいスケッチでした。
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「万田炭鉱館」では三池炭鉱の歴史を詳細に知ることができます。というよりも日本の石炭産業による戦後復興の姿を知ることができます。
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三池炭鉱の当時を模型にされたそうです。良くできています。
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昭和天皇が見学をされたその時の写真がありました。当時の繁栄ぶりが伺えます。
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明治、大正、昭和と三池炭鉱は大きく繁栄を極めました。特に戦後の日本経済の発展に大きく寄与した事実は万人が知るところです。そして、今、その繁栄した当時の姿を世界遺産に残そうとしています。私はこれは素晴らしい日本の歴史を築いた遺産だと思います。今は静かに眠りにつきましたが、今日、こうして日本経済を産業を支えたエネルギー源があったという事実を知ることはこれからの新たなエネルギー開発に欠かせない資料となると思います。ここにある当時の技術の素晴らしさに感動します。
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ここから掘り出された石炭は、実に地下深くから掘り上げられていました。その櫓がこれです。
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石炭の眠るところを「やま(山)」と言い、そこには神が宿るとされ、お祀りをしました。仕事場に入るときはここで安全を祈願してから、入っていったそうです。そこで働く人たちを「山の男達」と呼んだそうです。
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ここから掘り出された石炭は北九州の工業地帯へと運ばれ、エネルギー源となっただけでなく、その品質の良さから化学合成品の原料ともなりました。また、甘味料の原料ともなりました。その甘味料は今日あるお菓子、冷菓のあの甘さを作り出しました。虫歯にならない甘味料の原料ともなりました。
この良質の石炭はまだ全体の1/3しか使われていないそうです。
石炭は重要なエネルギー源ではあったのですが、新エネルギーが石油に代わると、価格競争に敗れてその役目を終えることになります。
まだまだたくさんの石炭がここに眠っているということでした。いつの日か日の目を見る時代が来ないとも言えません。
ここ三池炭鉱は有明海の地底に眠る石炭を掘っていたそうです。これらの櫓は地底深くからの石炭を上にあげるための櫓だそうです。その力強さは写真の好きな人、絵の好きな人には絶好の被写体、絵のモデルになります。とてもいい感じの櫓と建物の姿を見ることもできます。休んでいるこの建物は今にも動きそうな感じすらします。

・・・・・まだまだ次に続きます。すばらしい遺産です。(①②③④の四回に渡りご紹介いたします。)

追記:荒尾市には素晴らしい温泉ホテルがあります。特に「ホテルヴエルデ」はお勧めのホテルです。泉質はヌルヌルのお肌ピカピカのご婦人お好みの泉質です。これは本当にお勧めです。
荒尾市にはほかにも特に歴史の好きな方には宮崎兄弟の生家を見ていただきたいと思います。小岱焼きは異彩を放しています。フルーツ大国で美味しいフルーツがいっぱいです。「荒尾梨」は世界的にも有名です。びっくりするほどの大きさと美味しさが特徴です。
by fujitakikaku | 2013-02-18 22:53 | 頑張れ気仙沼!! | Trackback | Comments(0)
子供には教育が大切、日本の豊かさは教育に、安部総理・子供達にもっと熱い政治を、カシオのデジカメでは素敵なショット

教育の大切さ

朝日新聞の天声人語に紹介されたパキスタンのわずか15歳の少女が「武装集団に襲われた」ことを紹介していました。可愛いこの女性はパキスタンの女性です。お名前をマララ・ユスフザイちゃんと言われるそうですが、とても有名な方でノーベル賞の候補とされているそうです。彼女は「女性にも教育を」と訴えて国民運動として活動しているようです。
教育を受ける権利が保障されている日本では考えられない国情と思われます。
教育の大切は痛切に感じます。先の成人式でも成人した女性にテレビ局からのインタビューで「今、後悔していることありますか?」と聞かれた成人女性がすかさず二人そろって「もっと、勉強しておけばよかった。」「何故ですか?」「勉強しておくことが一番大切だということが今分かりました」といっていました。今からでも決して遅くないと思います。
命を懸けても教育を受けたいという切なる思いは、これからの未来にむかって、人が生きてく上で教育の大切さを知り、そして必要だと思うからでしょう。私も教育を受けてこれたことに本当に感謝しています、そして、素晴らしい教育を指導していただいた先生たちに心より感謝をする今日です。

お互いが話をしても理解しあえる。相手の気持ちが理解できる。自分の思いを正しく相手に伝える。記録を残す事ができる。・・・こんな基本的なことも教育があってのことだと思います。
いじめ問題が大きな問題なっていますが。基本となる教育がなおざりにされているように思います。スポーツができることで早い時期に自分の道を狭くしてしまう。そんな選択でなく、まずは基礎教育をしっかりと勉強し、応用を充分にして知識をしっかりしたうえで人生の選択に入る必要があると思います。野球ができるから野球に絞って基礎教育を横に置いて進もうとするから失敗するのだと思います。基礎的勉強、応用の教育広く数学も、英語も、国語も、化学も、社会も・・・・それは勉強しておくと大人になってからの楽しみ方、仕事の選択にも幅ができ、とても楽しい人生が送れます、運動だけでは偏ってしまいます。体育ができるからその先生になるのではなく、広く知識をつけてそして体育の先生の道を選ぶ、そんな指導者がいつの時代に本当に欲しい真の指導者だと思います。

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大阪国際空港では素敵な春の花がアレンジされていました。「きれいなお花ですね。素敵です。」と声をかけましたら素敵な笑顔をいただけました。本当に綺麗です。飛行機の輝きととても良い絵に収まっているように感じました。
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阪神競馬場を空から、私の家もあのあたりかな?空からの町の様子も素敵なものです。
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富士山もこんな撮り方があります。冠雪してとてもきれいです。カシオのカメラで撮りました。
カシオのデジカメをゲット、このカメラはとにかくいい感じです。これらの写真どこか違うようでしょう。面白い撮り方ができます。そして綺麗に撮れます。この撮り方はカシオだけの特許のようです。なかなかいいものです。
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柿の葉寿司は和歌山の名物です。柿の葉の風味が美味しさを添えてくれます。この種のものは和歌山にしかありません。とにかく美味しいです。大好きです。飛行機の中で頂きました。
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青森駅につきましたら雪の中でした。そんな厳冬の雪の中で沢山の貨車を引っ張って貨物列車が走り抜けていきました。これも又力強い素敵な絵のようでした。
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追記:カシオのデジカメをゲット、このカメラはとにかくいい感じです。これらの写真どこか違うようでしょう。面白い撮り方ができます。そして綺麗に撮れます。この撮り方はカシオだけの特許のようです。なかなかいいものです。
by fujitakikaku | 2013-02-17 00:19 | 日本経済活性化計画 | Trackback | Comments(0)

フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/


by fujitakikaku