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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

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今日森進一さんのHPを拝見していましたら、冒頭にこんなご挨拶の文が掲載されていました。
 
絆・・・・森進一  
日ごろ大きなご支援・ご声援をいただき、ありがとうございます。
このたびの東日本巨大地震の被災地の皆さまには、
心よりお見舞いを申し上げます。
余震や原発事故等への対応も含め、東京周辺でも不安な日々が続いておりますが、
被災地ではさらに大変な状況とお察しいたします。
復興に向けてどうか頑張っていただきたいと、心から願っているところです。
まだまだ寒さも残り、天候も不順の折、
被災地の皆さま、そして全国の皆さま、どうぞお元気でお過ごしくださいますよう。

                                             森 進一
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私が気づくのに一寸遅すぎたかんがあります。このお言葉に感謝申し上げます。そして、港町ブルースは森進一さんがとても大切にしておられる曲だともいつも聞いていました。私は鹿児島大学水産学部を卒業して、北海道大学大学院へと進みましたが、丁度昭和39年に鹿児島で生活を始めることになりました。そのとき「女のためいき」でデビューされてからファンというよりも応援したい歌手の一人でした。私が水産系の大学を進みましたのでこれから森進一さんの港をテーマにした歌に影響を受けました。今は港神戸近くにいます。これも海と港町が大好きだからです。そして、仕事も全国の港町に行くことができ沢山の漁師さん、加工会社の社長さんとめぐり合いました。めぐり合えた人たちは私の大切な財産です。3月11日は気仙沼にいました。これも運命なのかもしれません。でも気仙沼の人たちに助けてもらいました。
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風光明媚なこの町が無残な瓦礫の中にあります。こんな中だれが綺麗にしているのでしょう。森進一さんのモニュメントが綺麗に清掃されていました。この気仙沼の人たちは森さんが大好き、森さんの歌が大好きなのです。でもその大切なモニュメントが悲惨な姿になっていて悲しい限りです。
森さんがもし、少しでも時間を作っていただけるなら、気仙沼へ行ってほしいと思います。このモニュメントを見て欲しいのです。こんな悲惨な中でも、気仙沼の人は全力で誠意を持って大切にされている様子が伺えます。私はこの壊れたモニュメントを見て涙が込み上げてきて止まりませんでした。
モニュメントから又あの素敵な森進一さんの声が流れる日を気仙沼の人はきっと信じているではないでしょうか。私はもう壊れているのにと思ったのですが、そこはさすがに心優しい気仙沼の皆様です。涙の訳はこのことなのです。気仙沼でも最も港町らしい桟橋にありました。私はここからの景色が最も好きです。
「港町ブルース」には函館、宮古、釜石、気仙沼とつづき・・・三崎、焼津、・・・八幡浜・・・燃えてみをやく桜島、旅路の果て、枕崎と・・・・港町が繰り出されていきます。すべての町でいろんな楽しい思い出があります。気仙沼もきっと立ち上がって・・・数年立った時に・・・あの時は大変だった、でも皆で良く頑張ったよね。きっとそんな日が来ると信じています。
私は神戸淡路大震災も16年前に遭遇し、家をなくしました。全壊でした。でもその時に前川清さんの「そして神戸」を良く歌っていたことをいつも思い出しています。だから何処に行ってもカラオケのチャンスがあれば「そして神戸」と「港町ブルース」は絶対に歌わせてもらいます。あの頃を思い出しながら歌っています。時に涙することがあり、どうされましたと聞かれることがあります。とても私の人生の中で忘れてはいけないのがこの二曲です。素敵なうたです。ありがとうございます。

今はこんな残酷な中に気仙沼はあります。
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頑張って復興しましょう。

港と桟橋近くは気仙沼で最も昔の風情をのこした気仙沼市民の自慢の町並みがあったのです。これが大震災の前です。桟橋の奥に三角のライトが綺麗に輝いていますがこれが森進一さんの「港町ブルース」のモニュメントです。いつも気仙沼の人たちは大切にしていましたよ。綺麗な町でしょう。絶対に復興できます。復興にこの歌を大切にしていきましょう。早くこの歌が聴けるといいですね。
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この素敵な写真は気仙沼プラザホテルから撮りました。勿論大震災前の写真です。私の大切な写真でもあります。
by fujitakikaku | 2011-07-23 22:56 | 森進一さんのモニュメント | Trackback | Comments(0)
気仙沼の桟橋には森進一さんの大ヒット曲のモニュメントがあります。ここの前に立つとあの「港町ブルース」が流れて来ました。風光明媚なこの気仙沼の港はこのモニュメントがとてもあっていると思っていました。とってもとてもいいところにあったと思います。ところが大震災で無残な姿になってしまいました。森進一さんはこのことを知っているのでしょうか。宮古、釜石、気仙沼と映り行く歌詞はとても好きです。神戸の大震災の時は前川清さんの「そして神戸」を復興の歌にしました。そして、とにかく前を向いて歯を食いしばり頑張りました。
森進一さんも鹿児島出身の方です。とても苦労されて今日の大歌手になられたと思います。人それぞれが、それぞれの道で頑張っていることを励みにしたいものです。
桟橋にある森進一さんのヒット曲港町ブルースのモニュメントが悲しい姿になってしまいました。
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私達は前川清さんのヒット曲「そして神戸」を復興の歌にしました。今でも歌っています。
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by fujitakikaku | 2011-07-21 23:26 | 森進一さんのモニュメント | Trackback | Comments(0)
もうあの大震災から4ヶ月が過ぎ、5ヶ月になろうとしています。ここから復興するにはやはり頑張らないといけないと思います。前をはっきりと見据えることが大切です。若い人も少なくなっているのではないでしょうか。私があの震災の日にお話をしました。それは最後は自分達で立ち上がるしかないのですよ。今日も市民ファンドのお話がありましたが私はもっと大切なことがあるように思います。自分の復興計画を明確にすることです。そして、気仙沼の復興計画をはっきりと設定することです。気仙沼がバラバラに復興計画を立ててもどうでしょうか。小さな町です。皆が知恵を出し、行動することです。そのための気仙沼復興計画が必要です。
町の復興に日本全国から援助隊が来ています。その姿をしっかりと見据え、自分達にはそれ以上の頑張りが必要だと思います。
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by fujitakikaku | 2011-07-21 21:20 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
4ヵ月が過ぎましたが遅々として復旧は進んでいないように私には見えました。
復旧、復興の姿が見えることがこれからますます現地には必要と思います。目標が決まればそれに向かえます。早く復興の姿、気仙沼の向かう姿がここで欲しいと思います。目標に向かって頑張る力が必要です。頑張らなくていいといいますが、頑張らなくして目標に向かうことはできないと思います。現実はそうではないでしょうか。
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by fujitakikaku | 2011-07-20 00:24 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
水産業が復興するにはこの地の優位性をはっきりとさせることです。それは水産加工業です。魚そのものを鮮魚で販売するのではなく、加工することで付加価値を上げ、それに成功してのこの地気仙沼だったと思います。義援金もそこに用意すべきではないでしょうか。それには復興計画を立て上げることです。水産加工業の町としての復興計画書だということです。そこが特区であり、資金面、税金の優遇などが支援されることです。加工がしっかりできることで漁師の基盤もしっかりとしてきます。ともに協力して復興に向かうことです。漁協をどうするかの水産特区ではなく、加工を中心とした総合的特区の設定が必要です。どこか方向が違うように思います。建築制限をかけられたままでは復興は不可能です。選択は気仙沼の人が自らの意思で実行すべきです。

気仙沼の今の様子です。遅々として復旧は進んでいません。
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by fujitakikaku | 2011-07-16 15:50 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
4ヶ月を過ぎました。現地の復旧は、遅々として進んでいません。私の考えはこれまでに書いてきましたが、被災地から人が離れていく様子が心配です、生活ができないのです。将来の姿がここに描けないことが問題なのです。水産業の復旧、復興以外に再建はないはずです。その中でも水産加工はその付加価値をあげるためにも必要です。付加価値を上げる会社が沢山あるから魚を必要とします。鮮魚よりも加工は安定した魚価の形成に大いに貢献します。漁師さんたちはこの地、気仙沼に多くの魚を水揚げすることになるのです。水産加工会社の復興にかかっています。このことはこれまでに何度も何度も書いてきました。特区構想もこんな町形成の、特区であることも書いてきました。今の姿は悲しい限りです。建築制限84条をこの地にかける、網かけをする、瀕死の状態に陥らなければと心配です。むしろ、特区とは加工団地の確保、そこでの優遇、税制面での優遇、資金援助などが必要であることは誰が見ても現地にいれば分かることです。現地の状態に非常に心配をしています。

ここに掲載の写真は遅々として進まない現地の今の様子です。対応の遅さが心配です。
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by fujitakikaku | 2011-07-16 15:17 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)

フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/


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