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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

<   2011年 03月 ( 41 )   > この月の画像一覧

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さんま料理を教えてください。
今被災者の皆様が集まっています。サンマ料理研究会を開催してください。各ご家庭での自慢のサンマ料理を出し合ってもらいます。サンマは無いかもしれませんが、それを子供達と一緒に絵にしてみてください。この家庭料理はお惣菜として開発します。これを東京、大阪で直接売るのです。

惣菜がなぜ売れるのか、都会のお母さんは多忙すぎます。とにかく時間が無いのです。ほとんどのお母さんが共稼ぎの中にあります。子供を保育園に預け懸命に働き、帰ったら子供にお食事の用意、旦那の世話・・・化粧は丁寧に誰が何と言おうともしたいし、・・・・・・料理の時間が有りません。だからほうれん草のおしたし、煮魚が大ヒットなのです。この気持ち分かりますか。
皆さんの日ごろの食べ物を都会の人に食べてもらうことにします。これで十分です。開発は終了です。後は採算に合うように工夫をします。これは食品会社の開発担当に任せます。開発商品には提供した人の名前を付けます。そして、十分な報奨金が支給されます。売れ続ければそれは毎年継続して報奨金が支給されるべきです。こうして、ドンドンアイディアが実用化されればやっぱり魚を食べている人は違うよね。ということになり、ますます気仙沼の魚を欲しがる人が増えます。増えるということは価格が上昇するということです。そうすれば漁師さんたちからの買い上げる価格も高く出来ます。どんどん気仙沼に魚が上がります。出荷する製品が多くなれば沢山の資材、氷、トラックが必要になります。皆で利益が分配されていきます。・・・・こんな姿を目標にしています。さあ、始めて見ましょう。避難場開発を!!こんなボランティアなら私は喜んで参加します。
いつでも声をかけてください。皆さんの経験と知恵が必要とされています。
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by fujitakikaku | 2011-03-31 13:57 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
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気仙沼の復興なくして、三陸の復興は無いと思います。それ程気仙沼は重要な位置に有ります。
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復旧と復興
どんなに奇麗事を言っても復旧・復興には家、貯え、生活の糧がいります。このどれかが欠如してももはやその場所では生活が出来ません。
最も心配なのが子供をもたれた若い家族です。実はこの人たちほど日本の宝なのです。どうしたらこの人たちを守れるのかを考えなければなりません。
16年前の私の場合は震災を受けた直後においては気が張っていたのかさほどの疲れなどもありませんでした。ひょっとしたらこの状況は夢の中ではないのか。そう思うことも多々ありました。家は住めましたが屋根は飛んでありませんでした。ガラス窓は破れ、屋根にブルーシートを沢山かけ、紐でおさえている状態でした。室内は天井にブルーシートを張り、雨水がかからない場所をなんとか確保しました。雨の日が続くにつれて壁が水を含み音を立てて壊れていました。そんな中でも4人で過ごしていました。3ヶ月ぐらい暮らし、様子を見てからアパートを借りることにしました。家が少し傾いただけでも人間の心理状態はおかしくなることをこの時知りました。家内が気持ち悪いといい始めました。台所の床が傾いていることに気が付きました。ここにはもう住めない、直ぐに引越ししないとダメだと判断し、アパートを借りることにしました。しかし、壊れた家を離れたのは3ヵ月後のことでした。気持ちが落ち着かず判断が出来なかったのです。時間の経過が全てを現実とを教えてくれました。そしてこれが現実であるということをうけとめました。この苦難をこれからどうして乗り越えていくかの方法を考え、家族でそれに向かっていくことを決めました。でも大切なことは男が頑張るこれが大切だと思います。先ずは家を支えるものとして心をしっかり現実と向き合わせこれからふりかかる苦境を何としてで乗り越える。家族のためにとしっかりと決意することが大切です。絶対に家族を救う、そのために家族があり、中心に自分がいるという認識が大切です。新しい年を新しいおうちでという考えからわざわざ年の瀬にこの町に引っ越してきた人、逆に転勤でこの町を離れた人、親戚にとまりに行っていた人、泊まりに来ていた人お正月という日がいろんな人生の選択をさせられた人たちもいました。海外旅行に出ていて一家が助かったという家族もありました。遠くからこの地に旅行に来て震災に遭い家族をなくされた方もいました。それぞれこれが現実だったのです。
辛いことも現実と向き合い乗り超えていくことで辛い悲しいことはだんだん忘れていきます。現実を乗り超えようとすることがいかに大切かをこの時知りました。
心理的にも落ち込みやすい原因に、乗り越えようとする気力の欠如があるのと思っています。しっかりと現実と向き合いのりこえるための努力が絶対に必要です。これが集団で共通すればいろんな話をしながら進めることが出来ます。

気仙沼の復興を水産業界の復興と位置づけることが出来たら、その希望が出て来ると確信しています。世界一の漁獲から販売までの一貫した漁業食糧基地を作り上げる。漁場から、食卓までそのチェーンを確立して欲しいと思います。水産資源は世界が必要としています。その資源が気仙沼の海、沖合いにあります。私達からしたらなんて素晴らしい財産、宝を持っておられるのだろうと思います。気仙沼の市場で漁を終え、セリも終わり、笑顔で漁師さんが一服されている姿は本当に大好きです。この笑顔絶対に絶やさないようにしましょう。仲買さん、目利きさんの姿も同じでした。頑張って乗り越えていきましょう。私のカメラにはそんな姿が沢山残っています。

最後にもう一度、若い家族は気仙沼の宝と位置づけてください。この宝のために私達は全力で支援したいと思います。そのことが気仙沼の今後に繋がっていくと確信をしています。不幸にもこの災害で身内を失い一人ぼっちになってしまった子供さんは守りますよ。兄弟があればそれも守ります。子供は国の宝です。国が先ず動きますのでこれからの関連支援方に注視してください。私も注視しておきます。勿論連絡をします。
気仙沼市役所からの情報は確実に知っておく必要が有ります。外部情報を定期的に避難所に拡声器で伝えることも意外と威力を発揮します。新聞、テレビが十分ではないですから。担当を決めて順番に実施するといいと思います。高校生諸君!!世の中の仕組みの勉強にもなるし、法律の勉強にもなりますよ。やってみてはどうですか。とても重要な仕事です。
by fujitakikaku | 2011-03-31 13:57 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
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復旧、復興について資金調達が絶対に必要です。
こんなこと私が書くまでも無いと思いますが、これだけの甚大なる被害を受けています。この復旧、復興には膨大な資金が必要と思います。
津波の被害が無ければ少しはその様相も違ってきます。個人としての復興もややするとあるかもしれませんが、今回の震災は個人の復興は考えられません。厳しい世相、経済状態からもはっきりしています。最悪、青写真が書ければ投資家は世界に沢山います。産業としての復活は考えられますがそのときは外部からの経営者がこの町の中心になってしまいます。この気仙沼の財産を再認識し、復興にかけましょう。

今回の復興計画には絶対に必要なのが気仙沼の商品を売る気仙沼店が大阪又は東京に設置されることが必要と思います。消費者の声が聞ける。自分達の気持ちが伝えられる店舗を必ず設定することです。これが必要と思います。自分達の製品は自分達で売ってみる。これが大切です。高くて美味しくないものは誰も買いません。売れる商品を作ります。

さんまが水揚げされることになりました。さあこれを付加価値をあげて高く売る方法ありますか。大阪、東京の量販店ではここぞとばかりに旬のサンマの安売り合戦に入ります。お店は盛り上がります。でもサンマの利益は相変わらずです。こんなこと繰り返していたのでは復興は無いでしょう。
サンマでお寿司を作り、焼いたサンマを美味しいお米(ご飯)付きで売る。大根をおろしして付けて売る。大根ぐらい食べる人が摺りますよ。あまい、あまいこれが無いのです。コネギのスライス品が大ヒットしているの知っていますか。コネギをカットしてパックしているだけですよ。コネギは冷凍しておけば一年でも持ちます。かつおのたたきにも勿論使えます。
さんまを一匹頭から尾っぽまでミンチにかけます。塩と胡椒でミートボールこれをおすましにします。おにぎりと食べるとランチになります。道路工事をしている人には最高のご馳走です。完全栄養食品です。これにも
カットネギは使えます。すべて付加価値です。寿司にあうサンマ、塩焼きのサンマ、刺身用さんまそれぞれ違うではないですか。いつも目利きさんが私に教えてくれますよ。丁寧な選別が付加価値を生みます。これからはトロ箱に10キロ入れていくらではないのですよ。そんなことやっていたのでは後継者はこの町を去ります。しかも、脱出するために懸命に勉強してですよ。
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by fujitakikaku | 2011-03-31 13:56 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
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被災者への細かな仕事が沢山有ります。これからボランティアが入って来ます。それらの整理、分類対応が必要になります。高校生は優秀ですよ。気仙沼の高校生の顔つきが私は大好きです。将来の気仙沼を支えてくれる人たちです。頑張れ!!

支援する側はいろな方法がありますが、私は子供達のフル活用にもあると思います。この子供たちの活動がどの程度できるのかを見極める必要が有ります。市役所の職員さんも大変ですが、意外とその仕事の多くを高校生を中心として出来ないでしょうか。仕事内容を説明すれば出来るように思います。
例えば尋ねてきた被災者の話を整理し、担当に振り分ける。安否の確認など。
気仙沼に私がいたときにこの仕事ならできるという仕事が沢山あるように思えました。そして、その仕事にアルバイト料を払います。これになら義援金を使うことは了解です。そして、大切なお金の使い方は自分達で考えたらいいと思います。学校へ行く一部にするのもいいと思いますし、全体で貯めて学校の復興に使うのもいいし、こんな義援金の使い方なら、一回だけの義援金でなく、次の義援金も皆さんは協力してくれると思います。小さな子供の面倒見てくれるミニ仮設保育所。これだってお母さんにとっては随分助かります。子供達はとても上手ですよ。この現地の子供達で出来ることをわざわざ遠くからボランティア活動に行く必要はないと思います。経費がかかりすぎます。ボランティア活動といっても大金が使われます。そのお金は税金から出されているかもしれませんし、義援金の一部かもしれません。小さな気仙沼に大げさなボランティアはあまり必要でないかも知れません。それよりこうした気仙沼の人材のフル活動を支援したいものです。

瓦礫撤去は自分達の町の復興に必要です。自衛隊の力も必要ですが、人的には気仙沼の若者が出動します。当選給料は支払われます。この体制作りが必要です。震災の中でで給料の停止がある一方、何の問題も無く給料が確保されている人も当然にあります。同じ被災活動の中にあるとしたら平等に見直し、早く復興する道を探さなければなりません。気仙沼が定年退職者(年金者)と病院、福祉センターだけがある町にならないようにです。
by fujitakikaku | 2011-03-31 13:55 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
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被災を受けた気仙沼の今の姿を絶対に忘れないようにしましょう。とても辛いことですが。だれが欠けても復興はないでしょう。

復興に向けての土地の評価は重要です。
被災に遭い、再建を行うときに土地の評価は融資を受ける時にその範囲に影響していきます。神戸と気仙沼の評価はここが違うように思います。16年私達の土地の評価は半分にはなりませんでした。最悪土地を担保に、国の支援を受けて個人であれば壊れた家の建て直しをしました。この土地の評価価格をどのように維持するかは、気仙沼では水産資源にかかっていると思います。気仙沼自身です。でも今のままだと瓦礫だけで、インフラもありません。評価は厳しいと思います。このままだと「ただで」といわれても考えるかもしれません。それは負の財産が乗っかっているからです。所有するだけで税金はかかります。でも、この瓦礫が撤去され、インフラが整備できればこの町には水産資源という非常に貴重な財産があるということです。しかもこの資源は「持続性のある資源」であるということです。この資源は世界が注目しています。従って、水産資源がこの気仙沼の港に上がることが出来るということが一番重要になります。水産物を多くの漁師さんたちがどこまでこの気仙沼に持ってきてくれるかにかかっていると思います。そのためには他地区よりも少しでも高い魚価で水揚げを確保することです。仲買さんを支え、流通を支えなれなりません。先ずは鮮魚です。鮮魚としての取り扱いが出来るように整備をし、インフラを含めての復旧が急がなければなりません。設備の点検は点検調査進んでいると思いますが、この点での調査を早く終了し、最低限度の修復にいくらかかるかの算出か必要です。
この町に国の融資、銀行からの融資がどれだけ受けれるかは当面の対応も重要ですが、それだけでは限界があります。気仙沼としての復興計画書、行程表が必要です。
・荒廃した気仙沼を利用可能な土地に戻す。
・インフラの整備、インフラを整える。
・土地の利用計画に基づいた区画整備
水産業を復興する。ただ一点に絞って考えるべきと思います。土地の所有者が集まり、この気仙沼の土地の利用をどのようにすべきかを気仙沼の原点にも取り、私欲を捨てて考え、論議が必要です。始めは所有者も無く皆で協力していた時代もあったのでしょうか。どこかの時点で、どこまで帰れるかと思います。帰ったほうが復興は早いと思います。それは気仙沼だけが戻るのであって、世の中の進歩はドンとドンと前へ進んでいるのですから。今の中国の経済成長を見ていると良く分かります。
中国の発展は人的財産のフル活動です。物を作る技術は世界から買い集め、その利用を考えています。世界のどの国よりも安く、その価格に見合ったものを作っていく。技術は無くても技術は買えば良い。いかに最終商品を作り、必要な人に売るかということです。食品業界では農薬混入ギョーザ事件がありましたが、たまたまそんな問題になりましたが、餃子を作る機械は日本の機械です。キャベツをカットする機械も、美味しくする調味技術も、パリッとさせる皮の加工技術も、すべて日本の技術、最終製品を作り、必要とする日本人に売る。それは日本人が市場で高く買ってくれるからです。捨てていたキャベツを日本人は喜んで食べたくれるからです。中国の人は不思議だと思ったと思います。中国の経営者の知恵です。全てを自分達で出来るはずがありません。周りの技術を絶対に知り、検討し、最先端技術をどうどのように利用するかこのことを忘れてはいけません。計画が斬新であれば気仙沼復興は大手間企業にとっても絶好の宣伝になります。交渉次第では無償提供も考えられます。それほどに斬新な計画が必要です。皆さんなら出来ます。
土地を一括で買い上げる会社を土地の所有者で作るのも方法です。株式を発行し所有を確保するほうほうもあります。どうインフラの復興までにたどり着くかが重要です。

義援金は復興計画が立てれるまで気仙沼は手をつけない。それほどまでにこの復興計画は重要です。気仙沼の復興した姿が見えたら、気仙沼の人ならそれに一心になり、どんなに辛いことがあっても明日の気仙沼の実現に歯を食いしばり頑張リます。義援金は気仙沼の明日のために、真の復旧、そして復興のために使いましょう。

支援する側はいろ否方法がありますが、私は子供達の降る活用にもあると思います。この誤ともたちの活動がどの程度できるのかを見極める必要が有ります。市役所の職員作も大変ですが、イガとその仕事の多くを高校生を中心として出来ないでしょうか。仕事内容を説明すれば出○洋に思います。例えば尋ねてきた被災者の話を整理し、担当に振り分ける。
安否の確認など。気仙沼に私がいたときにこの仕事ならできるという仕事が沢山あるように思えました。そして、その仕事にアルバイト料を払います。これになら義援金を使うことは了解です。そして、大切なお金の使い方は子供達で考えたらいいと思います。学校へ行く一部にするのもいいと思いますし、全体で貯めて学校の復興に使うのもいいし、こんな義援金の使い方なら、一回だけの義援金でなく、次の義援金も皆さんは協力してくれると思います。小さな子供の面倒を見てくれる。これだってお母さんにとってはずいぶん助かります。この現地の子供達で出来ることをわざわざ遠くからボランティアに行く必要はないと思います。経費がかかりすぎます。ボランティア活動といっても大金が使われます。そのお金は税金から出されているかもしれませんし、義援金の一部かもしれません。小さな気仙沼に大げさなボランティアはあまり必要でないかも知れません。それよりこうした気仙沼の人材を通しての活動を支援したいものです。
by fujitakikaku | 2011-03-31 11:52 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
トップダウンの重要性

いろんな意見が出ます。でも最終的には決定をしなければなりません。決定者が重要になります。これは賢者です。皆で選出します。そして、それを支える人を5人くらい厳選します。実行部隊です。そしてその下にプロジェクトチームをつけます。トップは無理を承知でもとにかく声を出して言う人です。よく出来ないことは言わない。という人がいますが、この人はトップにはむいていません。トップに立つ人は多少は大風呂敷を広げてくれる人です。その中からいいものを実践する舞台を作れば、トップはドンドン考えていきます。そして、みんなの考えに沿った命令を下へ出すようになります。
「出来もしないことを良く言う、これ最悪」と言う人、こんな人は絶対にトップにしないことです。高度成長の時はこれでも通用しますが、復興にはむいていません。最悪といっておきます。
出来そうでなくてもこうなればいいと思ったらこうしたいといってくれたほうが、その可能性を導いてくればいいのですから。
月まで行って目的の小さな石ころ摘まんで人が帰ってくる時代ですよ。実行しようと思えば手段はあります。
必要なのは何をすべきなのかです。水産に限定して考えて進めますが技術は世界から集めます。

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今の神戸です。中心街三宮駅です。若者達が花壇の前で待ち合わせをしています。とても綺麗です。花の香が一杯です。この花も毎日お世話をしてくれている人たちがいます。ご苦労様です。だからいつも綺麗なのです。花たちもきっと嬉しいのでしょうね。ここでも「こんな大変な時に何が花か、花で腹がふくれるか」と言った人もいました。心が満たされていきました。今では神戸の町はフラワーロードと呼ばれるようになりました。これはやるべきと判断し命令する人が必要です。何事にも絶対に反対する人が必ず出ます。
by fujitakikaku | 2011-03-30 10:30 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
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復興計画②
自力での復興は絶対に無理です。だから気仙沼を一つの会社と考えてください。今気仙沼の株式会社が大震災にあい、再起をかけようとしています。この会社が倒産したら、福祉も、病院も要らないのです。必要がなくなります。だって人がいなくなるのですから。今の病院は会社で言えば保健室です。会社の再興を最優先することが重要です。16年前の私が経験した阪神淡路大震災との違いは、ここ阪神工業地帯は世界でも有数の大企業が沢山あります。食品会社も一社で年商200億以上の会社が沢山あります。状況が違います。しかもこれらの食品会社は原料の殆どを海外からの輸入で賄っています。
頑張らないで下さいという優しい言葉がテレビでも流れますが、その優しさは本当にありがたいものです。そして、多くの被災者はむしろ頑張ろうと思われると思います。自分でも出来ることが沢山あります。「足がちょっと」といわれるお年寄りもありますが、赤ちゃんの浴衣、布オシメなど作ってあげたらどうでしょう。きっと何か自分に出来るものは無いのか、おばあちゃん、おじいちゃんたちも考えておられます。突然ですが梅干を作ってみませんか。これから和歌山にお願いして準備してもらってもいいと思います。和歌山の梅を気仙沼でつけて、おじいちゃんおばあちゃんの梅干を作る。これもいいと思います。もしも、その気になったらご連絡ください。市役所の水産課熊谷課長に連絡し、私に連絡するように伝えてください。皆で復興に向かうのですよ。薬を飲んで寝ているときではないですよ。ますます病気になって行きます。これから春になり、光が沢山差し込んできます。この光を沢山受けながら楽しい話をしながら出来ることがありますよね。薬を飲むことを忘れるようになるといいですよね。大島の椿はどうなったでしょうか。もう一度椿油のことを見直してください。

(元気だといいのですが。寒い冬でも一生懸命に咲いている椿の花は私はとても大好きで、椿油を手にしていました。もっと日の出るところに・・・そう思っていました。そのチャンスかもしれませんよ。大島の方、椿の木大丈夫でしたか?陸前高田も椿が一杯でしたよね。雪を少しかぶった椿はとても綺麗で気品がありました。印象に残っています。陸前高田の林檎は甘くて美味しいと評判でした。それは光を一杯に浴び、潮風を受ける地域特性の強い林檎だからと農家の方から教えられました。あの林檎の木はどうしていますか。最悪の場合は接木をする。他地区へいったん移す。安全な場所に移す。などの処置が必要です。今の最先端の技術であれば細胞の一つが生きていれば再生が可能です。一部に生きた細胞のあるうちに手当てしましょう。実行していますか。もし、分からないなら私にご連絡ください。陸前高田に私の友達及川勝君がいます。彼は及川旅館のご主人です。元水産高校の校長です。及川君に連絡してください。直ぐに私と繋がります。皆で知恵を出し合い、協力して復興していきましょう。この国には素晴らしい財産が一杯あります。原子力発電所の問題が大きく取り上げられていますが、賢者達はこれに勇敢に向かっています。きっと乗り越えてくれると私は確信をし、彼らがケガをしないように心から祈っている毎日です。皆さんも頑張りましょう。)
それぞれが可能性を探します。インスタントラーメンを食べている時に、何時からお湯をかけたラーメンを食べるようになったのだろうか。そして、若者は漫画の本を読みながらラーメンを食べる姿に変わっていきました。
大きな器に熱いツユ、「これ熱いなあ。熱すぎるわ!!」文句を言いながら「めっちゃ美味いわ」・・・一杯のラーメンを味わって食べれば作ってくれた方のありがたさが分かると思います。「だから美味しいだ~」・・・・つくり手の見える食品が気仙沼の救いになると思っています。魚はそんな形で届けてはどうでしょう。缶詰も、だから缶詰にしておくのだということをはっきりと知ってもらうことだと思います。缶詰は1年以上たったほうが美味しくて身体に良いということを知っていますか。都会の人はいそんな古いもの誰が食べます。といいますが、でもそのことを知ったらその缶詰は倍しても買います。それが都会の消費者です。勇気を持って前へ進めていきますよ。
by fujitakikaku | 2011-03-30 10:05 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
モクレンの花が咲き始めました。モクレン、コブシの花は東北の方も綺麗ですよね。
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モクレンは純白の可憐な花ですね。春は確実に来ています。頑張りましょう!!
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気仙沼復興計画です。
今回の震災はあまりにも甚大なことから、多くの経営者が再起がもう出来ないと思われている方も多いと思います。これから更にリスクを抱え会社経営をするには危険性があまりにも大きすぎます。ましてや、経済状態、社会情勢も必ずしも良い状態とはいえません。でも、考えてみることにはリスクは無いわけですから、そのパワーがまだあるなら、考えてみませんか。
皆さんの企業力が無ければこの町に人は必要でなくなると思います。又は、外からの資本が入り新たな経営者が現れるかもしれません。私達の震災時には土地の値段が急落しました。また、お金の欲しい人が土地を売りました。かわいそうになった地主がその僅かな土地を買ってあげました。土地の価格は5年のうちに元に戻りました。そして、マンションブームです。お金のあるところにお金が帰っていく仕組みなのです。こんな仕組みなのです。でもそうばかりではないのです。地主の皆さんは復旧でなく復興の可能性を正しく読んだのです。皆が被災し、仕事を求めた、人は必ず都会に帰り、更に集まる。生活の先が見えれば家を建てる。便利なところに更に人はあつまってくる。これが私達の周りでした。でも気仙沼は違います。水産が有っての町であるということです。健全な水産業界が発展するから福祉も充実してくるのです。今こそ、この水産業界の復旧と復興に向けて市民が必死に考えるときと思います優れた、可能性のある案が出来たらどのように実行に移していくかだと思います。
戦後の焼け野原、前途の見えない暗黒社会の中から今日を築いた、三陸の、気仙沼のご先祖様にどのように教えを請い、実現可能としていくかは皆さんの懸命な努力と豊かな英知にあると私は確信しています。

・ドレくらいの規模の船が、どのくらい残ったのか、そして気仙沼が復興した時にはドレくらいが水揚げをしてくれるのか。そのときの水揚げ漁はどのくらいあるか
・海、海岸は使用できる状態か、復帰にとの位の時間と費用が必要か?大型船は入港可能か。
・沖合いの海洋資源状態はどうか。震災前と変わりない状態なのか
・今後予想される水産資源の予測
ここまでを国に依頼し、早急な調査をしてもらいます。

個人で復興を既に考えている人、資金力は無いが再建の意思のある人、両者にも共通する部分が沢山あります。それは目的が水産関係の会社として復興したいと考えているからです。

・何人の人が経営者として「復興できるなら復興したい」と考えているのか。
・市場の修復に必要な費用と時間。
・荷受け場はどのくらいが確保できるか。
・どのくらいの冷蔵庫、冷凍庫の新設が必要か。
・運送業者の確保。
・製氷業者の確保。
・副資材の調達。
以上を先行して調査します。
未投資が付き添う、これなら前へ進めそうと判断できたら
・加工場の計画
・廃棄場の建設(ミール工場)
・幼稚園、保育所、学校、病院の確認
。福祉施設の確認
を調査し、関係資料を作成します。しかし、これだけでは復旧も出来ません。販売をも念頭においての町づくりが必要です。気仙沼のこの魚介類を誰に食べてもらいたいのか、買ってもらうのか、それにはどのような形で提供しなければならないのかを十分に検証します。ここが重要なことなのです。これまでの流通では生産者はリスクは大きいが、利益が少ないことをこの大震災は私達に嫌だけ教えてくれました。さあ、どんな魚介類を食卓にお届けするのですか。
獲ってくるから後は煮るなり、焼くなりしてください。こんな世の中ではないことは皆さんが一番ご存知だと思います。しかし、加工すれば歩留まりは40%以下で食品業界の中でも最悪の歩留まりです。このことは廃棄している部分が多いということです。有効な利用方法が開発されていないということです。さあ、ここで考えましょう。歩留まり100%以上の水産加工品をどのようにして作り上げるか、それも美味しくで付加価値のあるものをです。徹底的に考えて見ますよ。
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by fujitakikaku | 2011-03-30 08:22 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
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大阪の街にモクレンの花が咲き始めました。

お風呂に入りましたか?昨日の夜のニュースで石巻の人たちがお風呂の中で笑顔のニュースが出ていました。とても嬉しそうでした。おばあちゃんは久しぶりに化粧水をつけてることが出来て気持ちがいいと笑顔でした。笑顔は健康の元です。本当に嬉しそうでした。お風呂のことは何度も私は書きましたよね。「自衛隊の方に被災された皆さんからお願いするのですよ。きっと実現してくけますから」と・・紹介していますよね。これは16年前がそうだったから言っているのです。阪神淡路大震災でボランティアの方も勉強しました。お風呂のことは私は最も気になっています。もう一度私のブログ絶対に見てください。①からみなおしてください。自衛隊の皆さんは皆さんの最強の見方ですよ。今日言えば今日にでも出来る力があります。みんな若いバリバリの男前で優しい人たちです。断られたら私に連絡ください。勿論、断らないと思います。

義援金のことで注意!!
義援金を送られる方にもお願いです。
昨日東北の新聞の広告を担当しているものです。大震災のお見舞いの掲載記事を予定しています。つきましてはご協力ください。35000円以上です。掲載の大きさで違ってきます。という内容でした。勿論、会社名、広告の内容掲載の新聞社会社名は教えていただき、担当者の名前も教えていただきました。まさに、いいことでした。私が気仙沼の皆様と地域HACCPに取り組んでいたことも知っていました。とても素晴らしいことです。
掲載費の一部を義援金として被災地に送ります。ということでした。私がこの義援金で最も懸念しているのが有りそのことを聞きたかったのです。
①義援金の一部とはいくらですか。
②いくら集める目的ですか。
③どこに、又は誰にどのようにして、お渡しになるのですか。
とお聞きしましたら答えがありませんでした。35000円の内の義援金の一部も答えがありませんでした。私は絶句しました。この掲載の協力は出来ません。あなた方のお気持ちは嬉しいのですが、申し訳ありません。とお断りしました。でも、私がお聞きした点でご説明を受け、私が賛同できれば是非お願いします。とはこの方に伝えましたが・・・・・その後は電話もありません。
みなと新聞の方、水産経済の新聞の方にお願いします。本当に有効に、最も効果的な義援金のあり方を考えましょうよ。何も急ぐ必要はないのです。これから復旧、復興はには何年もかかります。そしてお金が必要です。ご相談させてください。勿論今回のこの話の担当の方はみなと新聞でも、水産経済新聞の方でもありません。
これから良く相談をして水産業会のために何が出来るのかを考えましょう。水産業界の復興がこの三陸の復興に繋がっています。誰が考えてもそうです。行き届いた学校も、福祉施設も病院も作ろうと思えば産業が無ければ作れないことを地域の人達、被災者の方々は良く知っておられるはずです。もらった義援金はどこからいくら、それはどのように使ったかは絶対に残して欲しいと思います。これが義援金を頂いた人への御礼になります。「私達の小さなお金もこうして役に立てていただけているのだ。」とそれは嬉しいものです。次への義援金集めが始まります。例えば紙おむつに消える義援金を送っている人は殆どいないと思います。

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by fujitakikaku | 2011-03-30 07:30 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
水産の町再構築に当たって
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淡路島はもう春です。ここも16年前に被害を受けました。阪神淡路大震災の被災地も今は素晴らしいリゾート地となって復興しています。

気仙沼の復旧復興は水産しかないと考えています。水産しかないというより、世界に誇れる資源を持つ水産漁業の基地です。
水産資源が豊富である。・・・絶好の港が形成され、漁業資源に恵まれ、魚場が非常に近い
人材が豊かである。・・・・・・水産業に対する知識が豊富で、教育に熱心、子供達は親の姿をよく見て勉強し、その後を継ぎたいと熱い心を持っている。
鮮魚としての流通体制だけでなく、加工食品としての技術を持ち常に努力研鑽を惜しまない土壌を培っている。この土壌で確実に人が育つ。
以上の資源は他の漁村に比べ非常に高い位置にあると評価しています。
これまではこれに原料を保管する冷凍庫を大切にし、利益を上げれば蔵を建てる。この繰り返しで安定した原料の確保をし、鮮魚、不漁時の加工と年間を通しての安定した産業としてその維持に対する努力研鑽は他地区に例を見ないと私は評価しています。こうした礎は遠くここに住み着いた賢者達、つまり気仙沼の皆様のご先祖様がこの地に合った人材の育成に努めてこられた結果だと思います。しかし、その努力がこの大震災を受けて方向を無くそうとしています。今すぐにこの難局を乗り超える青写真を作成し、目標に向かうべき行動が必要です。

私がこれまでに皆さんと一緒に「気仙沼地域HACCP」を進めてまいりましたが、これは一般的には安全で安心できる食品の提供が出来る町作りが目標でした。その形を作りながらいくつかの提言をしていったことを今一度ここで整理し、ご紹介します。これはすべてこれまでに皆様に幾度となく研修会の中で私が皆さんに話をしてきたことです。
①なぜこの気仙沼に住んでいるのですか。もっと楽しい町は全国に沢山あるのではないでか?
②なぜ沢山の魚を積んだ魚がこの気仙沼の港に水揚げするのですか?東京に近いところでもいいのではないですか?
③気仙沼に魚棚の市場、商店街が無いのはなぜですか?
④お寿司が美味しいのはなぜですか?
⑤魚のどこを利用し、どこを捨てていますか?歩留まりいくらですか?
⑥有効利用していますか?
⑦お客様にお魚を売っているのはなぜですか?お金が欲しいからですか?
⑧ミール工場がありますが、ミールは廃棄物ですか?マグロ、かつお、サケ、・・・・などの頭は利用価値の無いものですか、骨はどうですか?考えたことありますか?
考えて見ることが大切です。たまには机を前にして椅子に座り考えてみる。円卓を組んで
討論をする。体験は豊富ですから、この点を磨いたら最高の経営者になれます。といい続けてきたつもりです。
更に言ったことは気仙沼に水揚げされるお魚は脂が乗って美味しい、なぜ人間にとって美味しいのですか。私が魚なら絶対にこんな時は人間のこないところにいますよ。なぜか・・・
魚達は自分達の繁栄に気仙沼の人たちが必要であることを知ったのだと思います。気仙沼の人たちにお願いしないと自分達の繁栄も無いということを知っているのだと思います。
それが山と海、そして川の関係ではないでしょうか。気仙沼に入る途中の山に「山は海の恋人」と書かれた看板があります。まさにその通りだと思います。それを取り持つのがこの沢山の小川ではないでしょうか。気仙沼に入る時に私は室根村から入ります。綺麗な川が豊かな爽やかな水をたたえて流れています。どこにこんな豊富な水があるのだろうかといつも思います。こうした川が大小沢山有り、山の栄養分が海に流れ、植物プランクトン、動物プランクトンを育て、小魚、大きな魚の漁場へと食物連鎖が出来ていることを知ることが出来ます。山々の木々が冬になると枯れて落ちますが、この落ちる前の秋には木々の葉は色づきます。その美しさでこの三陸一体は最高潮になります。見事な秋景色の競演です。
魚は漁獲されるものはみな健康な魚ばかりです。当たり前のようですが、意外と気が付いていません。大海では健康なもののみが生きていけるのです。この健康な魚が人に与える影響は、恩恵しかないでしょう。どのような恩恵があり、どのように存在するのかを考えるとこれも復興において考えなければならない大きなキーワードになります。魚には鳥インフルエンザのような病気がありませんよね。牛のように口締疫のような病気もありません。魚は元気で健康です。

皆さんもドンドン書いてみてください。出来るだけ沢山書いてみてください。そして、これを再度頭から整理していきましょう。気仙沼の使命が分かってきます。

整理したらお年より、賢者のお話をも絶対に聞きましょう。そしてもう一度整理します。

年齢別のプロジェクトチーム、年齢混成のプロジェクトチームを作ります。それぞれで産業構成のあり方をまとめてコンペをします。明日の生活がかかっています。自分のために考え抜きます。
きっと気仙沼の姿が書けると思います。

それを専門家も入れてアドバイスをもらい色付けをします。

実施計画書を作り費用の概算をします。

総工費いくらの気仙沼が出来ます。

これに向けての投資者を募ります。もはや気仙沼が一つの会社と考えます。

大きく構えることで気仙沼を担保として銀行からの融資も受けやすくなるでしょう。勿論気仙沼の投資家で出資し会社が出来るといいと思います。組合の形で形成してもいいと思います。中は個々の企業がそれぞれに経営をしていく、考え方は事業部が沢山あるということです。

運送部、製氷部、包材部、資材部、・・・・・・・なども事業部とし含まれることになります。

こうすることで町の区画も整備され合理的な町の流れが出来ます。空き地も出来ます。公園をつくり緑を沢山作ります。住居は丘の高台に移します。工場は低いところでもいいと思います。冷凍庫は丘のほうに。
津波が来ても大丈夫な頑丈な工場は作りません。今回同様の津波が来たら諦めます。ただし、再興が出来るように準備はしておきます。避難場所は確実なものを作ります。命があればなんとでもなります。そのときの対処はもう作っておきます。そして、一年に1回見直しの検討会を市民を集めて行うことにします。プロジェクトチームを編成し、この業務に当たります。

はい!!これから街づくりの設計に入って行きます。ぜひ参加してください。義援金は大切に使います。
by fujitakikaku | 2011-03-29 09:29 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)

フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/


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