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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

カテゴリ:頑張れ石巻!!( 10 )

藤田八束の鉄道写真@復興近い石巻、JR石巻駅で出会った元気な若者たち・・・石ノ森章太郎の残した遺産、漫画館のある町

石巻は元気に復興に向かっています。まだ少しは震災の凄まじさを知るものが少しは有りますが、前を向いてか頑張っている皆様の姿を見て取ることが出来ます。石ノ森章太郎ゆかりの地として有名な石巻の町にはいたるところに石ノ森章太郎の人形が置いてあります。下のステンドグラスはJR石巻駅にあります。

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不要になったと思われるブロックにこんな漫画が描かれていて、それが何とも言えないいい雰囲気を作っていました。雑草と調和して素敵だと感じました。さすがわ石ノ森章太郎だと思います。
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JR列車は通学の学生さんたちで大賑わいでした。元気いっぱいの学生さんたちの姿を見ることが出来ました。
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石巻駅に隣接した喫茶店「えき」には美味しいコーヒーか用意されています。とっても美味しいです。石巻へ行ったら必ずいただくことにしています。ここにもブロックに絵がかいてあります。良いと思います。
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石巻の素晴らしさはこの貨物列車との出会いです。日本製紙で造られる製品を全国に送ります。その大役をこの貨物列車達が担っているのです。震災から見事に復活した日本製紙は震災からの復興、石巻のシンボルだと思います。
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この機関車、新品です。真っ赤なボディが頑張る石巻を表しているようでした。
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機関車が方向を変えて東北本線小牛田へと向かいます。
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仙台方面からのお勤め帰り、通勤・通学の人たちでいっぱいになります。真っ赤な夕日が沈みかけていました。明日もいい天気のようです。
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向きを変えて貨物列車は東北本線へと向かいます。日本製紙の製品を満載しているのだと思います。重そうな音がこだましていました。
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この電車は海岸線を走り、仙台へと向かいます。石巻線は使いません。仙石線を使って走ります。ボディには石ノ森章太郎の絵か描かれています。
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車体に描かれた人気者たちが動いているように見えました。一流の絵にはそんな動きすら感じるのでしょうかね。とっても素敵なラッピングだと思います。私は大好きです。会うのを楽しみにしています。
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この電車は石巻から終着駅女川に向かっています。・・・・・ボディには「奥の細道」の文字が描かれていました。東北は松尾芭蕉が旅をした歴史があり、名所がたくさんあります。
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駅舎は石ノ森章太郎の絵が満載です。・・・・とってもいい雰囲気を作り上げています。
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東北の被災地の町がそれぞれに一日も早く復興宣言をして欲しいと思っています。その日が近いと待っています。・・・・・

by fujitakikaku | 2019-06-01 07:00 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
東北本線と石巻線は魅力的、日本製紙が石巻の復興に寄与・・・日本製紙石巻工場の夜景は観光地になる

石巻は今懸命に復興中ですが頑張って欲しいと思います。大川小学校、門脇小学校の負の遺産として残すということでその工事が進んでいますがこの合計が今の状態をとどめるだけで60から80億円の膨大な税金が投入される。私は絶対に反対だ。私たちの税金がこのような形で復興に使われることは全く嫌である。
その反面元気に復興している日本製紙(石巻市)には感動すらする。こうした企業の努力、地域に対する感謝・・・この日本製紙の復興の姿をNHKは報道して欲しい。お涙頂戴ではなく、日本の力強い復興の姿を前面に出して欲しいと思います。納税者はそれを望んでいます。石巻の元気な姿が亡くなった子供たちが最も喜んでくれると思います。勿論亡くなった子供たちのことは決して日本の国民はだれ一人として忘れることはないと思います。記録にも正しく残っています。
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石巻は東北でも有力な漁獲高を誇ります。市場は素晴らしいものが出来上がりました。日本経済に大いに貢献して欲しいものです。
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市場では漁船がシーズン開始の準備中でした。
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石巻線は石巻から小牛田までの間ですが、東北本線へとつながっていきます。・・・・・
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在来線と貨物列車が良い調和です。とっても絵になると思います。石巻での仕事は楽しみにしているのはこの情景が次はどんなになっているかを楽しみに出来るからです。
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子供達の下校する姿が貨物列車と素晴らしい調和を造ります。石巻駅は素晴らしい情景を創り出します。
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日本製紙は元気に復興しましたよ。これは素晴らしい喜びです。応援する私たちはこの日本製紙のような姿を待っているんです。復興宣言はいつどこから聞けるのでしょうか。待っているのは私だけではないでしょう。国民は待っています。
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日本製紙のこの姿は私の中ではこれこそが復興のシンボルです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・



by fujitakikaku | 2019-05-31 07:16 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
藤田八束の復興とは@石巻の復興、大震災から7年石巻は復興に向かっているのか

・・・負の遺構大川小学校、門脇小学校

石巻の元気な復興の象徴は「日本製紙」だとみています。元気に躍動する日本製紙はよくぞ石巻に再建してくれたものだと感動すらしています。

7年前の大震災で日本製紙は大きな被害を受けた。私は日本製紙は再建しないだろうと思っていました。

夜の日本製紙の姿です。

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夜明けの日本製紙の姿です。

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夕日を背景に美しい姿を見せてくれました。

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日本製紙は観光地の一部としてもこれは価値ある工場だと思います。石巻には美しい自然も沢山あります。カメラの撮影ポイントを選定し紹介してください。門脇小学校、大川小学校ではなく、どんな負の遺構よりも素晴らしい石巻を見てもらうことがこれからの石巻の財産となっていくと思います。


by fujitakikaku | 2018-03-13 06:59 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
東日本大震災からの復興石巻市立門脇小学校の負の遺構としての保存に住民投票は正しいのか?

石巻へまいりました。町にはちらほらと復興された建物が建てられていましたが私の目からは残念無念の姿しか伺えませんでした。沢山の仮設住宅が所狭しと点在していました。まだまだご労の日々が続いていることに悲しさを感じました。一日も早く復興をしてほしいし、願っております。

石巻と言えば門脇小学校と大川小学校の惨劇は誰も忘れることが出来ません。子供たちこそが最も守らなけれはならない大切な大切な宝物だとおもっいます。
そして、その悲惨さを風化させないために小学校を負の遺構として残そうという話があります。賛否両論です。
誰が風化させますか、震災とともに私たちの心の中にしっかりと残っています。こんなお話はあんな悲惨な建物を残さないと不安がるくらいならない方がましです。
亡くなられた子供さん達は生きていたらもう卒業です。直ぐに20才二十歳です。大人になります。その子供たちは喜ぶでしょうか。私たちのことをわすれないでいてくれる。学校も残してくれている。・・・・と。
私は逆だと思います。
子供たちは成長しています。生きているみなさんが元気に復活して楽しく暮らせる日々に戻っている姿を見て、お父さん、お母さん、おじいちゃん、お婆ちゃん、お兄ちゃん、弟、お姉ちゃん、妹、みんな元気で安心した。そう天国の子供たちはきっと見ていると思います。何時までもいつまでも悲しさを胸に置いておくことは駄目だと思います。ましてや復興予算は国民の税金です。教育レベルの高い学校を造り、子供たちの教育にもっと力を入れて、優秀な人材を輩出できる学校を作ってほしいものです。それが何よりの供養であり、国民も願っていることです。
小学校を負の遺構として残すことになったら私は二度と石巻には心を込めていかないことにします。復興の進まない現状と確実な負の遺構の保存話、実現が進む巨大な防潮堤が進められていました。立派な防潮堤と仮設住宅のアンバランスさがきわだっていました。どんな街になろうとしているのでしょうか、石巻は・・・・。
いらない物が大切にされている様にも見られました。膨大な税金を投入して・・・。


我が家の窓辺には可愛い花がたくさん咲いています。(家内の作品です。)
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このくまちゃんは足がかけています。実は20年前の阪神淡路大震災の時に折れてしまったのです。でも今はこうして花に囲まれて元気に笑顔を見せてくれます。この小さなくま君でも全ての悲惨さのことは決して忘れないものです。孫が「どうして足がないのと」聞きます。何時か詳しく話す時が来ると思います。それまで元気にしておかないとと思っています。
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by fujitakikaku | 2015-06-07 09:56 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
石巻市 門脇小学校、被災地 負の遺産、子供達頑張れ、石巻 門脇小学校 解体か保存、 前を見て進もう、復興予算の使い方

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大阪国際空港にはこんなにかわいい電車が走っていますよ。大人気です。
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6月に石巻へ参りましたがこんなにきれいな花がいっぱいに咲いている御家がありました。懸命に復興しようとする姿を見て涙が出てきました。石巻はきっと近いうちに復興できる。絶対にできる。と信じたくなりました。
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私が見たものはとても悲惨な状況の跡でした。
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私も被災した門脇小学校を見ました。その悲惨な姿に目を覆ってしまいました。周りにこんなにたくさんもの墓場あることもびっくりしました。この学校が墓に囲まれているかのようでした。当時の凄まじい惨劇が見えるような感じさえしました。この学校を残そうという発想が私には信じられません。もっと前向きな未来に向けて進んでほしいと思います。むしろ心配なのはこの時両親を亡くした子供、片親を亡くした子供たちがいるはずですが、その子供たちはどうしているのかです。この子供たちの明日からを、大人になるまでの保証をしてあげることだと思います。努力し頑張る子供達には最大の援助をしてやらなければならないと思います。勿論子供には年金もありません。これからの子供たちは大変です。これからの人生はもっと厳しい実情が待っていると思います。そのためにも教育をしっかりとさせてあげなければなりません。その資金がこの学校を残すことよりはるかに大切たと思います。そうすることが犠牲になった子供達への供養になると私は思っています。子供たちは大切な、本当に大切なな宝物です。
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被災地宮城県石巻市、門脇小学校をどうするのか、議論されているようです。昨日の朝日新聞に掲載されてそのことを知りました。津波の大震災を風化させない。そのために残すか?悩ましい問題です。後世にどのように伝えていくのかということも確かに大切です。でもどうでしょう。被災された人、身内から犠牲者を出してしまったこと。悲しい取り返しのつかない震災での犠牲者を出してしまいました。その悲しい姿が今もここに残っています。残すか、取り壊してしまうか。賛否両論だと思います。私は取り壊すべきだと思います。全てを忘れるためにです。被災された霊を悼むことは忘れてはならないと思います。それがこれからこの地で生きていく人の支えとなっていくと思います。それがお盆、夏祭りなどに変わっていくのだと思います。各家庭には仏壇などで霊を悼むのだと思います。これまでの歴史の中でも大きな犠牲をもたらした事故、天災も含めて沢山ありますが、それらの事実の全ては資料として残されています。決して風化されることはないし、それを忘れることはまた、同じ災害に直面した時に同じ被害を、犠牲を受けることになると思います。
ここ大阪市の京橋にも仏像がありますが、線香の途絶えることがありません。そして、通りすがりの人も手を合わせます。それでいいのではないかと思います。悲しい、あまりにも悲惨な姿を大きくそのままに残すことはどう考えてみても、町の復興には逆向きだと思います。気仙沼でも、陸に打ち上げられた、焼けただれた船を残すという計画が持ち上がりました。私は絶対に反対です。そんな悲劇を町の象徴にするのでは希望が無くなります。ましてや、観光に使うなどは絶対にあってはならないと思います。未来は最良の幸福があることを信じて前向きに進んでいきたいからです。
そして、こうした負の財産に巨額の資金が向けられるとしたらもう最悪です。大切な復興資金、義援金は現在ここにいる人たちのこれからの復興に全部使われるべきです。瓦礫の処理もどれだけの予算が向けられているのかは私には分かりませんが、求める真の復興に向けられるべきです。神戸大震災の時の瓦礫は街の復興に使われました。港づくりにも、埋設にも使われました。無駄なお金の使い方は絶対にしてはいけないということです。それは復興のカギともなります。いったい石巻にはどれだけの資金がどのように使われ、どのように復興しているのか。そして、目指す復興の姿はどうなのか。それにはこれから何年が必要です。復興資金はどれだけ必要で、どのように調達されようとしているのか。復興後の石巻市の財政状態はどうなっているのか。行程表が見れるといいですよね。特別復興税もどのように使われていくのでしょうか。効果的に使ってもらいたいものです。
モニュメントなるものが最もお金がかかり、復興には役に立ちません。そんなものは復興して、余裕があったら考えた方がいいと思います。間違っても経済状態が悪化して子供の教育を断念させました。そういって涙を流さないでほしいのです。親は何としても教育はさせておかないといけません。このことを絶対に忘れないでいてほしいと思う私でございます。
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この祠、何もなかったようにこの小さな神棚が鎮座していました。少し土が盛られているだけの周りに、津波は来なかったのでしょうか。とても信じられない場所がこの学校の前にありました。周りは悲惨な状況でした。こんなところこそひっそりと残されていることに気が付くことではないでしょうか。復興にあたる地元の人は賢者だと信じています。
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災害はいつの時代にも付きまとうものだと思います。どう乗り切るかは当然ですが、その時代の人の努力以外にはないと思います。
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綺麗な花に元気、そして勇気をもらいましょう。明日の希望を見出していくことが大切と思います。私たちは復興しました。復興して幸福に暮らしています。それは17年前の阪神淡路大震災です。あの時は本当に地獄でした。
西宮市を見に来てもらいたいと思います。どうして復興していったのか、大きな参考になると思います。今では関西でも最も住みたい町、1位の場所になっています。

追記:それから鉄道の廃線は絶対にダメです。鉄道を廃線にした街はどんどん衰退しています。今や鉄道は人や物を運ぶ道具ではなく、希望と夢を乗せて、この地に素敵な思い出を作りながら走ります。子供たちはやがてこの地が忘れられない本当の故郷になります。そんな素敵な場所には観光客も来ます。人でにぎわい、人材が育ちます。鉄道は本当にこれからより重要なものとなっていくことを私は断言します。
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表現次第でこんなに変わります。デザインてすばらしいですね。
by fujitakikaku | 2012-11-03 23:15 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(1)
震災から15か月・・・石巻の復興を願って、石巻のみなさん頑張ってください(5/5)

石巻市には一望できる日和山があります。そこは石巻を一望できる素敵な公園でした。でも今ここから見る光景は一変してしまいました。悲しい、あまりにも悲惨な光景と変わってしまいました。
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鹿島兒神社があります。
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境内はとても静かでした。
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伝統ある神社です。石巻の皆さんの絶大な信仰を受けておられるということをお聞きしました。
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ここからは最も酷い災害を受けた魚町が見えました。
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川村孫兵衛翁の銅像です。災害史を読みますと、北上川を中心とした三陸の開発に大きく貢献され、その偉業を忘れないようにここ日和山に銅像が建立されたと記述されています。また、約400年前に発生した慶長の大津波後の復興にも貢献されたと聞いています。この偉業を勉強すると災害に対する大切なことを学ぶことが出来ます。素晴らしい賢人だと私は思います。
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震災前の石巻の様子、そして、震災を受け…15か月後の北上川下流の様子です。日和山からの光景です。
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鉄道はすっかり錆びついていました。はたしてこの鉄道を電車は走ることになるのでしょうか。悲しげな鉄道を見ると涙が出てきました。鉄道も生きているようで、復活したいと訴えているように私には思えました。
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野の花も復活をかけて頑張っていました。
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綺麗な夕日を飛行機から見ることが出来ました。きっと神様は「頑張るんだ…そして、復興するんですよ。」そんなに呼びかけているように思えてなりませんでした。乗り越え時に素晴らしい未来があるように私には思えてなりません。
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きっとある、素晴らしい明日に向って頑張りましょう。
by fujitakikaku | 2012-07-10 22:04 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
震災から15か月④・・・石巻の復興を願って、マルイチ高橋商店の皆様頑張ってください(4/5)
石巻では懸命に復興に向かう人達にお会いすることができました。その力強さに私自身も大変な元気をいただいたように思えてなりません。遅々として進まない行政の指導の中、懸命な努力がその力強さとなっていました。
きっと復興できるそんな確信ができました。

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震災前は仙台から石巻までJR電車で約1時間でした。震災でその電車にも大きな被害が出ました。でも直行便こそありませんが、途中バスで乗り換えての路線で何とか復旧までこきつけています。完全復旧を待っているところです。そんな石巻ですから、バスに乗り換えている人が多く、駅は少し寂しい雰囲気がありました。それでも駅と電車は元気をとりもどそうとしているのが分かります。電車も駅も生きていますよ。私には正に生き物のように見えました。
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マルイチ高橋商店の高橋社長にお会いすることができました。社長も被災されましたが懸命に復興に向かっておられます。懸命な様子が身体全体から湧き上っている様子が話の中で伺えました。私たちはこうした人達のためにも支援を続けていきたいと思います。「頑張れマルイチ高橋商店!!」
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石巻駅に隣接し喫茶店「えき」があります。」若い女性の方がとても優しい雰囲気でお仕事をされていました。とても爽やかなお嬢様たちでした。
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電車のかわいらしさと喫茶店「えき」の素敵さがとてもいい感じでした。清潔感のあるお洒落な喫茶店でした。石巻に来られたら是非寄ってみてください。とても素敵な喫茶店です。勿論、コーヒーは良い香りで、とても美味しかったですよ。
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マルイチ高橋商店高橋社長、奥様と・・・笑顔にあえて本当に良かったです。明日へ向かって頑張っていきましょう。復興の日は近いですよ。協力し、力を合わせれば復興は絶対にできると確信しています。
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震災のあの日、多くの友人が命を落としていないだ゛ろか。最悪の悲惨な情景を覚悟していました。そして、連絡が付きお互いが元気でいることを確信できた時には本当に嬉しさが、涙となってあふれてきました。これから命を大切にしてお互いが助け合い、協力し、力を合わせて前へと進んでいきたいと思います。元気に再会ができたことは最高の喜びでございます。ありがとうございます。(高橋社長、出雲様と元気にあえて、本当に嬉しいです。これからもよろしくお願いします。)
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石巻にこんなにきれいなガーデンがありました。「渡波ガーデン」と案内がされていました。とてもきれいに手入れがされていてびっくりしました。庭の花たちは一生懸命に咲いていました。とても可愛い花たちです。被災された人もきつとこの花を見ては元気をもらっておられると思います。こうした元気な花からは大きな力をもらえるものです。私たちの被災の時も、17年前の時も庭の隅に花を植えたことを思い出しました。
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なんてきれいなんでしょうか。手の入れようが並みの方ではないように思います。とてもバランスがよく、元気をもらえるそんな雰囲気が一面に漂っていました。
花たちは力強く、そして石巻の皆様に「頑張ろう」と叫んでいるようにも見えました。とても素敵な花達ですよね。
by fujitakikaku | 2012-07-06 00:40 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
震災から15か月・・・石巻の復興を願って、石巻のみなさん頑張ってください(3/5)
多くの子供達が犠牲になりました。悔やんでも悔やみきれません。しかし現実です。この悲しみを乗り越えて犠牲となられた子供さん達、市民の皆様のためにもなんとしてでも復興しなればならないのです。ご冥福を心から祈り、明日の希望に灯をともすべき前に進みましょう。沢山の花が途絶えることがないということでした。
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北上川にかかった「日和大橋」を渡りました。
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そこには缶詰工場から流されたという燃料タンクが横たわっていました。その周りには可愛いポピーの花が一面に咲いていました。ボランティアの方が育ててくれたそうです。
こうして種を蒔くことが大切なのです。そして、その種が綺麗な花を咲かせるために面倒を見る。お世話をする。このことでいつしか可愛い花が咲くということです。種を蒔かないと花は咲きません。荒れ地をじっと見ているだけではいつまでたっても花は咲かないのは当たり前です。懸命な石巻の皆様の頑張りが伝わってきました。

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港には復活した船の姿もありました。力強い復興への姿勢がうかがえました。
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工場の中まで自家用車が流れ込み、悲惨な姿になっていました。津波のすさまじさを物語っていました。
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子供さんがきっと可愛がっていた、「ぷーさん」だと思います。津波にのまれてしまったのでしょう。無残な姿となっていました。
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市場前、魚町のあっちこっちに再建される工場を見ることが出来ました。懸命な石巻の皆様の復興の姿を見せていただきました。
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悲しみを乗り越え、懸命に立ち上がろうとしている人達にお逢いできました。全国のみんなで支援していきましょう。
水産の町の復興は日本にとってもとても大切なことで、日本経済の復活にもとても重要となっていることは間違いないのです。
by fujitakikaku | 2012-07-04 00:12 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
震災から15か月②・・・石巻の復興を願って、石巻のみなさん頑張ってください(2/5)

日和山公園から降りて、被災地に近づきました。そこにはとても悲惨状況がありました。
ここ門脇小学校で起こった悲しいお話をお聞きしました。沢山の子供達が亡くなったことをお聞きしました。
「地震が起きたらすぐに逃げる。津波が来たら逃げる。とにかく自分で逃げる。」・・・・そのことの訓練が行き届いていました。地震が起きてお父さん、お母さんたちが心配して迎えに来ました。そして、その子供達は自動車ものとも流され、帰らぬ人となってしまったということでした。悲劇が悲劇を呼びました。そんな中での瓦礫と化した自動車のようです。校舎にも火が着いて燃え上がったそうです。でも学校に残った多くの子供達は助かったそうです。
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石像が流されていましたが、毅然としたその姿には感動しました。きっとここで多くの人の命を懸命に守ってくれたのではないでしょうか。不幸にして、多くの人がなくなりましたが、お地蔵様はやれるだけの力で一生懸命に守ってくださったと思います。お亡くなりになられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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お寺も瓦礫と化していました。でも懸命に守っていたと思います。その姿が鮮明に私の眼には映りました。
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祠がありました。なぜここのところがこんなに小さいのに残ったのか不思議でした。昔の人は私たちに安全だった場所を確実に残してくれていると思います。今もう一度地域の歴史と文化を見直してみてはどうでしょうか。賢人たちは大切な経験に基づいて子孫に心からの遺品を残していることに気づきましょう。
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瓦礫が整理されていましたが、復興にはこの瓦礫こそが必要になります。大切にしておく必要があります。神戸の大震災時には瓦礫は全部神戸市の復興に使いましたよ。
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復興に国の予算が組み入れられますが、それにも限度があります。とても大切なことは何に使うかということです。「自分のお金でないからわかりません。」そういっているうちに復興が進み気が付いてみたら防潮堤が出来ていました。では、本当に必要な所に資金が投入できなくなります。しっかりと復旧には参加しておくことが大切です。瓦礫の処理と防潮堤が先行したら、本来の目的である復興への予算はどうなるのでしょうか。
エコタウン、安全な街・・・・それよりも大切なのは楽しい街、皆様に、多くの人に来てほしい町づくりではないでしょうか。町の人に笑顔があることが前提です。ということは経済的にも安定しているということです。
by fujitakikaku | 2012-07-02 18:15 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)
震災から15か月・・・石巻の復興を願って、石巻のみなさん頑張ってください(1/5)

あの大震災から15か月が過ぎました。石巻のその後はどのくらい、どのように復興したのか、訪問することにしました。新聞、テレビ報道では、やはりその後遅々として復旧が進まないということを見たり、聞いたりしていましたのて゜、この目で確認することにしました。仙台からは電車(JR線は復旧せず)はなく臨時のバスが用意されていましたのでそれに乗ることにしました。仙台駅前から定期的に出ていました。お客さんもさほど多くなく、ゆっくりと座ることができました。バスに乗って約90分でJR石巻駅前に到着しました。この駅の周辺はほとんど被害も無く、通常通りのような気がしました。学生さんたちが何やら楽しそうに話をしながら学校に向かっていました。震災があったとはほとんど気が付かないほどでした。
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学生さん達は何やら楽しそうでした。若い人は良いですね、学校でのことを話しているのでしょう。
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改札口に参りましたがここでも綺麗に清掃されていて、何の変りもないようなそんな情景でした。
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石巻観光物産館が駅のすぐ横にありましたのでちょっと立ち寄ってみました。お客様が数人いる程度でした。
目に付いたのは全国からここ石巻にボランティアなどでこられた人たちでしょうか。激励の寄せ書きがされていました。その一つ一つを読んでいくうちに当時の様子がよみがえってまいりました。私は気仙沼にいましたが、石巻の惨状は多くの報道を知っていただけに悲しくなりました。ここでしばらく店の人達にお話を聞きましたが日頃の生活に追われ、瞬く間に月日が過ぎていきます。と言っておられました。思っていたよりも皆さん元気にお仕事をされていましたので、安心をいたしました。「頑張るしかないですよ。」元気なお声をお聞きしました。
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石巻の様子を見るにはなんといっても「日和山」からが最もわかると思います。それは何度も何度もこの日和山に登り、市内の様子と海を見るのが好きでしたから。春の桜の季節にはそれはそれはとても綺麗な桜が山一面を覆い尽くします。そんな素晴らしいところでしたから。でも行って見た情景は我が目を疑わんばかりの情景でした。北上川に大きくかかる日和大橋を境に、右と左、建物がほとんどなくなっていました。あれほどまでに賑わっていた水産の街、石巻の市場付近、魚町は瓦礫と化していました。それは信じられない情景でした。
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瓦礫は整理されていましたが、復旧はほとんど進んでいないと見ました。わずかにいくつかの会社が新しくなり、事業の再開を準備しているようには見えましたが、港の整備もほとんど進んでいないように私には見えました。
日和山公園からの石巻の様子は駅前からは想像がつかないほどの被災の様子が生々しく今も残ったままでした。一番のショックは人影が本当に少ないということです。こんなに人が少なかったのだろうか。
震災後の復旧事業などで多くの人が働いているのではないかと思っていましたが、それは予想を裏切ってしまいました。手が付けられないままにおかれている被災地を見ながら本当に復興するのだろうか、その印象は気仙沼とほとんど同じ思いでした。わずかですが、市場の前あたりに水産会社でしょう。再建された建物が建ち始めているのが印象的でした。
日和山から降りて被災地を見ることにしました。そこには悲惨な情景がありました。

国の方向性の明確指示が必要であることは誰もが認めるところです。でも、遅々として復旧作業も進みません。復興計画も進みません。何故なんでしょうか。国が動かないことも原因ですが、それを言っていたのではこのままかもしれません。復興する単位を作り、計画書をしっかりと立てて、予算と、工程表をしっかりと作り上げることです。そして、県、国と交渉することです事です。小さな単位の復興計画でもいいのです。声を一つにできる人だけでも単位としてまとまり、小さな町づくりをしてもいいではないですか。
意見の合意を期待していてもなかなかまとまらないと思います。まとまる最小単位の確認が必要です。楽しい街づくりが始まれば多くの人がまた参加したがります。そんなものですよ。始まる前から慎重を期していたら、全員の合意を目指すとしたら復興は決してできないと私は思います。リーダーの存在と支えるチームが必要です。いやな人は去ってもらいます。そんなことでもしないとまとまりません。
又は移転地を探し、第二の人生の選択の方がまとまると思います。全国の受け入れてくれる市町村を調べてください。皆さんを応援し、又歓迎する町や村はたくさんあることに気付くと思います。
大きな防潮堤を作る予算があれば、はるかに少ない予算で目的は達成できると思います。考えればいくつもの方法があると思います。
そんなことを考えられるのもこの国の安定した経済力にあるということです。ただし、どんな時でも人材の育成、子供の教育は最も重要だと思っています。
by fujitakikaku | 2012-07-02 16:31 | 頑張れ石巻!! | Trackback | Comments(0)

フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/


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