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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

カテゴリ:気仙沼の復興を願って①( 6 )

頑張れ気仙沼、小樽運河で頑張る鮭達、復興予算について考えてみました・・・東日本大震災復興、復興予算の使い方、特別復興税は国民の血税

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小樽駅はとてもお洒落です。ガラスの明かりがキラキラと輝いていました。
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復興予算とはいったいなんなんでしょか。本来、国民が共有して豊かな生活を送れるように、その共有する部分にお金が必要なら税金としてお金を集め、その税金が使われていると私は理解しています。だから私は税金を払っています。例えば川に橋が架かると便利になります。地域のみんなにとって便利になります。であれば全員がお金を出し合って橋を作ります。立派な展望台を作ろうとある人が言っても、その費用がとんでもなく高く、自分がそのために沢山の税金を払うことになったら絶対に反対するでしょう。税金がそんなことに使われたら納税者はたまりません。
先ずは生きている被災者が明日を生き抜くことから考えたと思います。これからはいよいよ自力です。
このように考えると、日本が困っている。ならば国民全員が共有できるものに税金を使います。被災地になれば被災地の住民が困っていることであれば住民がお金を出す。これ当然です。それを国民全体の税金として使うのには納得が出来ません。
義援金は国民の善意で「ささやかですがお見舞い申し上げます。」というものです。ならば被災した人はお返しをします。それは、「そのお金はこのように使いました。助かりました。ありがとうございました。」これ当然だと思いますし、これでいいと思います。でもその報告は全くありません。義援金は何に使われていったのでしょうか。その当たり前のことが出来ていないと思います。
今日のテレビの声の中に、「被災地で困っている人がいて、その対策を開く会議があり、この弁当代くらいは支援してほしい、復興予算化に認めてください。これくらいはお願いしたい」といっていました。とんでもありません。私から言えば「そのくらいのお金くらいは出しなさい。」出さないという、その気持ちが復興の妨げになります。
現実にたくましく復興されている人たちは本当にこの難局を懸命に乗り越えようとされています。その人たちに真の支援を国が出来るなら、進めて欲しいと思います。復興予算はそこに投入されるべきです。
宮城、岩手には400年前にも同様な大震災に発生しています。時の復興の指揮を執ったのは仙台藩主であり、南部藩主であったことは皆さんご存知ですか。江戸の幕府ではないのですよ。
大臣がいて、知事がいて、市長がいて、村長がいて、町長がいて・・・・この組織が連携していないと思います。誰が陣頭指揮を執るべきでしょうか。
国は何にもしてくれないと非難するのではなく、被災した住民が立ち上がらないといけないと思います。自分たちのお金と力で計画を立てて、こんな復興をしたいという計画書を作り上げることです。そこには「復興された町の姿」が明確に描かれ、行程表と予算が明確にされていることです。これがあるとお金を出す人は世界中にいます。それが描けていないのです。被災地の集会所の弁当代を自分で出さないのでは根本的に復興はできないと思います。
「貯金を切り崩しています。」私はそのようなことのために平時にすこしずつでも貯金をしていました。皆さんも同じと思います。ここではできるだけ自分の力で復興することを考えることか大切です。膨大な復興予算に国民は苦しい生活に落とされていきます。全て国民の日々の生活費から出されているということです。
報道を見ているとこの手の番組に出てくる諸氏は本当に現場の現状が分かっていないと思います。言葉を作り、議論を楽しんでいるようにしか思えません。もっと現地に精通していて、賢い人に知恵を借りたらどうでしょうか。そして、実行にあたっては経験のある専門家が必要になります。この点は被災して気仙沼にいた時から私は訴え続けています。現状は全く心配したその通りになっていることに悲しくなります。
堅牢な防潮堤で囲まれた気仙沼が悪夢の中で出てきました。夢でよかったと本当に思いました。


「小樽運河」で大量の鮭が大健闘していました。観光客は声援を送ります。この光景初めてだったようです。
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鮭の懸命な姿に、子供は頑張って!!と大きな声援を送っていました。
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観光客の皆様も、この懸命に頑張る鮭たちに、「何とかしないとこのままだと卵も産めなくなるよ。」
懸命な姿に涙を流している女の子もいました。
自然界は私たちにいろんなことを教えてくれます。そして、できることがあれば何かお役にたちたいといつも思っています。国民の胸の内を小樽のこの川で見ました。そして、鮭達の生きようとする懸命な姿が胸に深く残りました。
by fujitakikaku | 2012-10-15 12:17 | 気仙沼の復興を願って① | Trackback | Comments(0)
賢明な復興計画が必要です。・・・東北大震災、三陸、気仙沼、鉄道の復興

熊本、八代、そして人吉を通り真幸駅へ、素晴らしい遺産を残してくれた賢人たちに感謝し、それを守る地域の人の優しさに本当に感動しました。
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人の心、日本人の優しさに甘えるだけでなく、自分達には何ができるのかを考える機会になりました。自然も素晴らしい。

京都マラソンを見ていました。被災地からも沢山のランナーが参加して大会は進められていました。この大会を見ていて思いました。目標をしっかりと見定める。そして、それを完走する。この過程には、どのような苦難があるかもしれませんが、それを乗り越えるだけの準備はしてきた。苦難を乗り越えてゴールを目指す。沿道からは沢山の声援がかけられる。「気仙沼頑張れ!!」いつしか声援は三陸へと届けとばかりだったように私は聞こえました。目標を「復興、復活」として、どんな姿にする。こうした姿を目標にして、住民がみんなで、それを達成するために全力を尽くす。「自分たち自身の力で復活をする。」その懸命な姿を見て国民はおのずと、協力を、支援を惜しまないのではないでしょうか。被災地の企業の復活が少しではあるけれども聞くことが出来ようになりました。自力復興を懸命に目指す企業からの便りが聞けるようになりました。目標を明確にすることで全社員が達成するための、自分の存在を信じ、会社を信じ、成し遂げようとする懸命さに国民は声援を送ります。京都マラソンはそんな懸命な国民の姿を見ることが出来ました。
先日、熊本県人吉市にまいりました。熊本、八代、そして人吉へ、人吉から鹿児島へと向かいます。この鉄道は第二次世界大戦の前、戦災を逃れるために造られたとお聞きしました。鹿児島本線はおそらく攻撃の対象になる。そうすると物資が運べない、鹿児島本線を隠れて山の中に鉄道を敷いたと聞きました。当然、この路線は戦後はさびれた路線なのかもしれません。ところが、その路線が今は観光の路線となっています。錆びれた路線としないで、この遺産を大切にして村の観光にならないか、これも目標を明確にし、その姿を確認し、地域住民の懸命な努力、知恵の結集が実を付けたそんな例と思います。今、被災地は廃線を考えていますが、そうではなく、なくなりかけている本物の大切な遺産と気づくか、復興に必要でないと思うかは住民の英知なのかも知れません。鉄道を作り上げるには大変な犠牲も有ったと聞いています。この地、三陸が長い歴史の上にあるとしたら、簡単な廃線は間違っているかもしれません。住民が大切に利用する鉄道があり、綺麗な街並みが出来たら、これこそは復興だと思います。私たちは阪神淡路大震災の時に感じたのは鉄道のありがたさでした。
鉄道があって復興が出来ました。そして、今、その電車の中でどのような毎日が起こっているかは「素敵な阪急電車・・・・・」でお話しました。バスで当面は対応しても、目標は鉄道だと思います。三陸と鉄道は魅力の一つでした。もっと、この機会に良く考え、復興のシンボルとしてはと私は考えます。私が復興庁の長官なら、三陸、鉄道、花の沿線、花の町づくりを目標に水産を中心にして、酪農、農業の地域づくりを復興計画を描きます。復興計画を住民が賛成してくれればそれを目標と定め、前に進みます。
復興の予算は限られています。目標のはっきりとして計画書がなければいつまでたっても復興はおろか、復旧もどうなるのかは心配です。ゴールはいつまでたっても見えないし、たどり着かないと思います。京都マラソンにはゴールがありました。ランナーは達成するまで歯を食いしばり、そして沿道の声援を受けて、ゴールへ倒れこみました、小野寺さんは自力で達成していました。そのユニホームには「気仙沼」と力強く書かれていました。

熊本から、人吉を通り鹿児島へ、肥薩線のご紹介は次にします。沢山の情報をお伝えします。
by fujitakikaku | 2012-03-25 12:14 | 気仙沼の復興を願って① | Trackback | Comments(0)
震災から1年、復興の道筋を考える・・・東日本大震災、気仙沼復興、気仙沼の水産業復興(4/4)

復興実現に向って・・・被災地気仙沼の復興を願って④

17年前、阪神淡路大震災を乗り越えた神戸のこの姿を見ていただきたいのです。それが気仙沼の方にも最も元気になれる光景だと思います。これが現実の姿です。
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神戸港の片隅にはこうして当時の歴史を一部に残していますが、決して誰もが何時でも目に付くところには残していません。それは悲しい出来事が多かったことから、忘れたい人がたくさんいるという現実からです。慰霊塔は必要ないと私は思います。そのためにお墓があります。それはあまりにも悲惨だったからでもあります。被災者の本当の気持ちはそうだと思います。

人、人材の重要性
今、小学校に通っている子供たちだって10年もたてば立派な若者に育ちます。
子供は本当に宝物です。計り知れない未知の可能性を秘めています。
鹿児島、知覧町に行きますと、第二次世界戦争の終戦真近にしての特攻隊の悲しい話が歴史の事実として知ることができます。書き残した資料、手紙等から若者たちの知識の素晴らしさ、教養の豊かさがうかがえます。ご両親がいかに子供の教育に熱心であったかがうかがえます。どんな苦難の時でも子供の教育だけは忘れなかった当時のお母さん、お父さんたちの精神が今日の日本の繁栄につながっていることを知ることができます。
家のために、家族のために進学をやめて、そして仕事に就く・・・・こんな映像が流れるたびに思います。今、教育を受けないことが将来生活にどんなにか影響するのかということです。であれば、この地を離れても親の責任として子供が大切なら学校教育を受けさせるべきです。今の日本でこのことができないほど日本は貧乏ではありません。教育の機会を逃してはいけません。これは私からの忠告です。テレビで流れる映像はとても嫌です。「なにをしている、頑張れ!!」親に向かって叫びたいくらいです。義援金、復興資金はまずはここに使わなければなりません。
「自分のために働くのだ。」・・・それならいいでしょう。「お金がないから」は絶対に理由になりません。教育は今でないと受けることができないのです。
明治維新で流れを変えた若者たちの力、そして、そうするために懸命に勉強をし、見聞を広げています。すべての礎は「教育を受けた」という歴史が物語っている事実です。
今日の日本の繁栄の礎を築いたのもこの時代の若者たちの見聞・行動力だと私は思っています。
大震災は、災害はこれからも起きるものと考えます。そして、それも想定外と考えておきます。「起きたらどのようする」のではなく、「そうなった時にどうするのか」を考えておくべきと私は考えています。
日本には組織的に行動するという力に欠けているといいます。個々は優秀なのに・・。このことは多くの国の人が言います。
若い世代に積極的に任せていく。このことはこれからの日本の復活、未来を拓く鍵になっていきます。この震災の復興こそがこの国の仕組みを変え、若者が勉強し、世界に通ずる人材の育成にも大きく貢献することを私は期待しています。本当に頑張ってほしい、明治維新の若者たちに負けるな。力を発揮できるチャンスは今だと思って行動して欲しいのです。
私は今、震災から1年を迎えて、遅々として進まない気仙沼の復興に心配をするだけです。私には何ができるのでしょうか。
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こうして悲しみを乗り越えて、皆様のご支援をいただいて神戸の街は復興しました。更に、素敵な、お洒落な神戸へと発展していきます。是非、いらっしてほしいのです。


by fujitakikaku | 2012-03-19 23:23 | 気仙沼の復興を願って① | Trackback | Comments(0)
震災から1年、復興の道筋を考える・・・東日本大震災、気仙沼復興、気仙沼の水産業復興(3/4)
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伊達正宗所縁のこの御堂、瑞巌寺は歌でも有名ですが、建物の素晴らしさには驚愕でございます。この木、ヒバの木ではないのでしょうか。松島も被災しましたが、今はどうなっているのでしょうか。美しい島は盆栽の展示場のようです。すばらしい遺産を私たちはどんなことがあっても守らないといけません。瑞巌寺の姿は感動的でございます。

復興実現に向って・・・被災地気仙沼の復興を願って③

水産の町、気仙沼の強さには理由があります。
・漁場が近い
・魚介類を取り扱う人材に恵まれている
・販売ルートがしっかりとしている
等が繁栄の礎となっていると思います。
・それを支える重要な環境としての施設、設備が充実している。
・長年の努力により、気仙沼のブランドを形成している。
例えば気仙沼がどこにあるか知らなくても、気仙沼という名称を知らない人はいない。学校教育の中で気仙沼が紹介されている。
・かつお、ふかひれと言えば気仙沼です。
しかし、世の中は常に変化を遂げています。世界中から季節の食べ物が瞬時に消費者に届く時代になっているという現実を認めた上で、どう私たちは変わっていかなければならないかをよく考え見ることから始まります。
科学が進むと、例えば南氷洋へ魚を捕りに行って、鹿児島の市場に常時水揚げして、鮮度保持は何の問題もない、コストも問題ない。このように保管・流通管理する技術はすでに完成しています。・・ということは日本の近海で取れた魚は大消費地の東京で水揚げされても何の問題もない時代がすでに来ているということです。でもできないことがあります。
効果的な加工と流通のサイクルです。
・大きく言えば漁獲できたものをすべて買い取る力
・鮮魚で販売する力と余ったものは加工に回せる加工技術
・水揚げされる半分以上の膨大な量の残滓処理、又、残滓としない技術と処理施設
・鮮度管理と加工技術、それを支える設備と更なる技術のサポート
しかし、こうした技術も真剣に討議し、今の技術を結集すれば資金力があればさほど難しい問題ではないと考えています。宇宙に向って探索船を打ち上げても、目的の調査を行って指定箇所に帰ってくるだけの技術が現存するということです。カーナビは膨大な車に居場所と目的地を教え、その道中の状況をも、リアルタイムに教えてくれます。凄まじい限りの高度な技術だと思います。
大切なのは知識、正確な情報、卓越した行動力・・・それは個人でできるはずがありません。人材の確保です。
人材は今日、明日には育ちません。これまでにどのような人材を輩出してきたか調べてみることです。この優秀な人材がこれからの町づくり、復興には絶対に必要です。町づくりにとっては非常に重要になります。
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私たちは賢人たちにいただいた宝を、素晴らしい遺産を後世に継承さないといけません。私たちも遺産となるものを造り、残さなければなりません。何を残せるでしょうか。そのヒントがここにあるように思います。
・・・(次に続きます。・・・・)
by fujitakikaku | 2012-03-19 23:23 | 気仙沼の復興を願って① | Trackback | Comments(0)
震災から1年、復興の道筋を考える・・・東日本大震災、気仙沼復興、気仙沼の水産業復興(2/4)
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ここはあまりにも有名な岩手県遠野市にある旅館です。ここに泊まると座敷童子に会えるかもしれない。会えたらそれは素晴らしい人生を送れるという神話があるところです。多くの著名になった人がここにきて人生の幸運に恵まれたという故郷です。
東北にはこんなお話が随所にあります。この旅館、焼失してしまいましたが、その後「座敷童子」はどうなったのでしょうか。三陸の被災地をさまよっているのかもしれません。被災者なのかもしれませんよ。救ってあげないといけません。それが子供たち全部なのかもしれません。

復興実現に向って・・・被災地気仙沼の復興を願って②

今一度気仙沼に何故沢山の魚が水揚げされるのか・・・・このことについて考えてみます。
気仙沼の近海で沢山漁獲されるからではないことを知っておくべきです。
気仙沼の繁栄はここに重要な鍵があると思うからです。そして、復興計画の立て方において非常に重要と考えるからです。今更、エコタウン、震災に強い街づくりではないでしょう。今回のような強い地震、津波を完璧に防御するにはどのくらいのお金が必要か。そのくらいの計算は出ているでしょう。その金額考えたことありますか。これを国に出せと言っても国民は絶対に認めません。そんな余裕はこの国にはありません。そのお金が借金として残るだけで、税収として回収するには不可能だからです。そんなことしていたらこの国に震災大国はもろとも崩壊です。今回よりも強い津波が来ないと誰が言えますか。・・・であれば防災対策の方法はただ一つ、安全に逃げるルート、避難場所を作るだけです。災害は被災は津波だけではありません。それを考えると被災した時の避難場所、避難ルートの確立が最も有効で可能性のある方法です。
高台移転もいいでしょう。でも誰が今後の安全性を保証し、かつ膨大なお金を出すのでしょうか。被災した人、自らが自己責任でやるのならいいのですが、これを行政ですると問題は残ります。次に被災した時に又保障問題が絶対に出てきます。被災したもの自らの責任で、自らの復興をする。それを行政はサポートする。この形が良いと私は思います。自己責任はとても大切なことです。私たちは17年前の阪神淡路大震災からの復興はそうしました。復興は自己責任で実行すべきです。

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部屋は二つ、沢山の子供の遊具が飾ってありました。
私は被災地の子供の中に座敷童子がいるような気がします。いや、子供全員が座敷童子なのかもしれません。子供は国の宝です。大切にしなければならないと思います。

・・・(次に続きます。・・・・)
by fujitakikaku | 2012-03-19 23:22 | 気仙沼の復興を願って① | Trackback | Comments(0)
震災から1年、復興の道筋を考える・・・東日本大震災、気仙沼復興、気仙沼の水産業復興(1/4)
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東北の力強さを感じるものがあります。それはヒバの木です。この木とても大好きです。その力強さを感じたのは青森県にある、秘湯酸ケ湯温泉です。酸性の強いお湯は普通の建材では持ちこたえないでしょう。100年を超えるこの建物は私は世界遺産とも思っています。ヒバの木の堅牢さはまさに東北の人に大きな力をくれる象徴だと思います。ヒバの香りはその癒しの最高の香りを放ちます。この木材の強さを復興の象徴の一つとしてもいいと思いますが、いかがでしょうか。じっと山々から復興の様子を見ていると思います。この木の存在は東北にしかありません。私は「神木」と思っています。

復興実現に向って・・・被災地気仙沼の復興を願って①

復興する条件はその地域によって違うことを明確に示し、地域住民が知っていることです。東日本を復興する計画を一元的に考えてはいつまでも復興を遂げることは無理です。100年以上かければそのうちに何とかなるかもしれませんが、早い時期での復興は、それは無理と思います。地域としての復興の可能性を明確にできないのであれば、新しい道を別で考えて実行する方が確実と言えます。歴史に見ても、駄目だと思った賢者たちは他の地に移り、見事に国造り、町造りをしているではないですか。歴史がそれを証明しています。日本全体を見ますと誘致して欲しい自治体は沢山あります。商売を考えると流通は待ってはくれません。時間の浪費はそれ自身が復興を妨げる大きな要因になります。気仙沼の復興はただ一つ、漁業、水産業の復興にかかっています。それも加工業です。水産加工があって、鮮魚、クラスターの復興だと思います。
復興の遅れの大きな原因には資金の使い方があります。勿論、復興計画が将来の目標を明確にした上で、確固たる復興工程表が確立していることです。
気仙沼を離れて、九州でとっくの昔に復興を遂げている会社があります。行政は地域のために何をすべきかを今一度よく考え、国政で動くのではなく、地域行政を復興するために英知を結集し、身体を張って国に働きかけることです。働きかけるときに本当に気仙沼を知っている、知り尽くしている有識者にその英知、知恵を借りることだと思います。誰が復興の指導者になるのか、それはとても重要なことです。商店街が一時的に復興しても気仙沼の復興はありません。より過疎化した福祉の町が残ることになると思います。「ふかひれの町」と言っていても、もはや業態を変えることはそんなに大変なことではありません。なぜなら、「ふかひれ」が何故、気仙沼がブランド化できたかを調べてみると分かります。
全ての技術がもはやどこで出来てもできることに心配な問題点があります。
その気になってグローバルに誰かが資本力をもってすれば、その基地は他に動いても全く問題がないかもしれません。だから復興を急ぐのです。弱者中心のことを考えていたのでは弱者までもが生活できなくなります。日本の扶養家族をどんどん増やす気仙沼であってはいけないということです。優秀な人材はそんな街には決して残らないし、そんな街にも帰ってきません。世界中には優秀な人材を必要としている快適な街が、国が沢山あります。この気仙沼にはこれまでに沢山の優秀な人材がこの町を離れ、そして他の地で活躍していると思います。また、この地、気仙沼にもいるではないです。その力をどうして活用しないのでしょうか。構造、システム、仕組みの改革は急務です。そのチャンスでもあると思います。
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豪雪に堪え、支えるこの力はどこにあるのでしょうか。訪れるたびに「神木」に手を合わせ、有難うございます。・・・と心よりのお礼を申し上げます。

気仙沼を考えてみます。・・・(次に続きます。・・・・)
by fujitakikaku | 2012-03-19 23:22 | 気仙沼の復興を願って① | Trackback | Comments(0)

フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/


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