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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

カテゴリ:気仙沼、三陸の復旧と復興( 13 )

藤田八束の鉄道写真@気仙沼を訪ねて、水産ブランドの強化と観光のコラボ・・・防潮堤と鉄道事業

三陸の街の被災から復興する姿をみるにつれつらいものがある。それはせっかくの街づくりのチャンスがただの復旧になっているようだからである。その代表的例が防潮堤と負の遺構である。生産性のない造り物が被災地の各地に作られている。税金がただの物になってつぶされていく。私達は私たちの税金で復興して欲しいと願ったのではないでしょうか。借りた金は返さなけれはならない。当たり前のことである。そんな中にあって気仙沼は復興しようとしている。その例が市場を、水産業と観光を結びつけようという試みである。水産とは魚介類を食品としてみるだけでなく。そこに水産業を通して生きているその姿を文化として観光化しようというものである。気仙沼の街を一望できるところがある。是非その山に登って欲しい。未来が見えてくると思う。この町には水産しかない。それもずば抜けた輝きのある水産業である。私は観光と水産業を結びつけることが何倍もの価値を気仙沼にもたらすと考えています。気仙沼に期待したい。

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気仙沼に着いたのは18時近くでしたがすっかり暗い闇の中でした。・・・ホテルについてカーテンを引くとこんなにも綺麗な街の灯りが飛び込んできました。
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夕食には「刺身定食」と「サンマの棒寿司」を頂きました。これは私の定番です。・・・さんまの棒寿司は大好きです。脂ののったサンマが酢飯と絶妙なコラボを見せてくれます。
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次の日はラーメンを食べました。これはメカジキマグロの中骨からのスープからだしを取っているようです。これもうまかったですよ。
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気仙沼は自然を大切にした漁法を取っています。カツオ一本釣りはその例です。メカジキマグロのツキン棒もそうだと理解しています。こうした文化の意味、自然との関わり合いなど私たちの生活に教えとなるものがたくさんあります。これからはこうした文化を観光として伝えるのも世界から見ければ「日本が栄えてきた教え」の観光となると思います。市場は活気に満ちています。
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美しい漁船は勢ぞろいすると実に素晴らしい姿を見せてくれます。夜も灯りを消すことが有りません。カメラマンには絶好の被写体が続きます。気仙沼はこれからの希望のある新しい街を作ればいい。そう思います。そこには生活の糧が絶対にあることです。


by fujitakikaku | 2017-11-19 07:01 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の水産業対策@②不漁が深刻化する日本の水産業・・・・食品としての水産物、水産資源を守る

水産資源を守ろうとするとどうしても人間が中心になってしまう。生活を守らないと・・・そう考えると更に人間が中心になった考え方になっていく。解決するものごとを解決する方法としては次のように考えてみてはどうだろうか。
これまでに豊漁の時があった、不漁の時もあった・・ご先祖様たち、先輩たち、そして我々はどう対処してきたかということである。今にして考えてみたらもっといい方法があったと思います。その事実を歴史的に見つめてみることが更なる解決の糸口として大切だと思います。
日本のバブルがそうだったと思います。この時は何にも考えずただひたすらに狂ったのかもしれません。今にして反省してもその答えがありません。そのバブルは人間が作り出したもの太良照り出したものだからだと思います。水産業の不漁は自然界の中で起こっています。だから解決策は絶対にあります。その解決方法は自然会の摂理を歴史的に見直すことから始まると思います。
水産資源をどの様に利用してきたか、自然界に対して水産関係者は何をしてきたか、・・・これから日本の水産業は更に発展していかなければならないのか、ただ日本のためにだけあればいいのか。そんな模索の中に答えがあるように思います。

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水産資源を漁獲し、そのことで私たちは生活をする。私たちが生活できることで海の生物たちは喜んでいるのだろうか。・・・・つい考えてしまいます。森を豊かにするのも人間の役割なのかもしれません。
青森ではたくさんのホタテが獲れます。青森にはたくさんの温泉がありますが、酸性のきつい名湯酸ヶ湯温泉等があります。酸性がきついのでその水は生物たちにとっては生きていけません。しかし、そこに貝殻があります。人間が運びました。貝殻のカルシュウムが溶けて酸性の水は中性へと変わります。海にとって最適の条件となって陸奥湾へ流れ込みます。その貝殻を山に運ぶのは人間です。しかし、ホタテのむき身は人間が頂きます。神様は実に素晴らしい自然界をおつくりになったと思います。人間はそのことを知らないで日々を送っています。このサイクルが青森の陸奥湾には必要とされています。だからホタテは青森を支える基幹産業となり、多少の漁獲量の変動が有ってもいずれは元に戻れます。人間が無理な養殖をしない限りはという条件は付きます。溶けたカルシュウムは貝の生育にとって必要な栄養素になっています。
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お祭りは神様への感謝を表すものが多いと思います。また、たくさんの神事が必ずその地には有ります。
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津軽平野にはなぜこんなに素晴らしい岩木山が有るんでしょう。そして、陸奥湾があります。




by fujitakikaku | 2017-05-06 06:59 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
<気仙沼市民、震災で受けた震災の遺構「第18共徳丸」を残すことを断念>
復興とは何か、なぜ復興しなければならないのか、そんな観点から18年前の阪神淡路大だ震災から復興できた私たちの経験を加味してこれまでに、いくつもの提案をしてきました。そして、気仙沼では震災で廃船となった第118共徳丸を残すのかどうかの議論がされていました。私は真っ先に反対をみんなにお話したつもりです。「絶対に残してはいけない。一日も早く撤去して忘れてほしい。」そう話をしました。

復興は亡くなった人を忍び弔うものから始めてはいけない。今ここにいる人たちが明日の生活が確実にできるように復興しなければならないのです。亡くなった人のお墓もそれは建てたいでしょう。でも今お墓を建てるのではなく、今復興するためにお金とエネルギーを全部向けてください。とお話をしてきたつもりです。この震災し廃船となった船は復興の何の手立てにもならず、やがては危険物にならないようにメンテナンスが必要になり、負の遺産どころか膨大な維持費がかかります。ましてやこれを観光の手段と考えた人がいたらもう気仙沼にはだれも観光に行かなくなるでしょう。

この船がここに流されるのに幾人の人が犠牲になっているかも分かりません。この船の船底には布団が巻き付き、着物の袖らしいものが巻き付いていました。それを私は見て私の考えは絶対に間違っていなかった、と確信しました。鹿折地区の燃え上がる震災のあの時を思い出しただけでも、その姿は正に地獄絵図でした。一日も早く震災を忘れ、復興をすべきです。墓は何十年か先でもいいと思います。亡くなられた方は皆さんの元気な復興を願っておられるはずです。

何故三陸が復興しないか、私はこうした復興とは関係のないことに力を注ぐことに問題があると思います。このお金も時間も、全て水産会社の復興に向けてください。気仙沼の、三陸の基幹産業は水産業です。この復興無くして三陸の復興はないと私は断言出来ます。小野寺大臣、沖縄問題も大切ですが、あなたの大切な仕事は貴方を育ててくれた気仙沼をどうするかではないですか。一番困っている時です。小野寺大臣の力量が問われています。安倍総理と相談し復興に力を注いでください。貴方たち自民党を政権党にしたのは復興の切なる願いからです。
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(朝日新聞朝刊8/6に掲載されていました。)
陸前高田の奇跡の一本松は正に何の役にも立たない、震災の残骸だと思います。奇跡の松はこの奇跡の松たちの残してくれた沢山の松ぼっくりとそこからとれた種、育てられた赤ちゃん松の木たちではないでしょうか。この子供の松を育てるために私たちの税金をぜひ使ってください。プラスチックの松の木は撤去する時に税金は使ってください。間違ってもメンテナンス、維持のためには絶対に使わないでください。見たくもありません。可愛い松の木たちは是非お会いしに行かせていただきたいと思います。

<デーリー東北の掲載記事です。8/6の朝刊です。八戸で見ていました。>
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小野寺大臣は沖縄問題も大切ですが、気仙沼も決して忘れないことです。安倍総理に頼んでください。気仙沼の復興を。
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「デーリー東北」記載の記事(8/6朝刊)ですが、くまモンが青森の観光活動に一役かっていましたよ。これだから熊本がアピールできるんですよ。すごい人気です。ここて青森の観光を応援しているだけです。決して熊本の観光宣伝に来ていないのです。これですよ。営業しないことが最大の営業になるということですよ。だからみんなが熊本に興味を逆に持つんですよ。恐らく青森の人が熊本へ、阿蘇へと来ます。そして、其の素晴らしさにびっくりすると思います。そして、青森の人も勉強するといいですよ。お互いに良い所が沢山あります。とっても素晴らしいニュースを「デーリー東北」(青森)で見ることが出来ました。
by fujitakikaku | 2013-08-06 22:52 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の気仙沼、三陸復興祈願、健全復興を気仙沼に願う、頑張れ気仙沼・負けるな気仙沼、岡山発日本一のきびだんご③(3/3)

クリスマスは子供の楽しみの日です。お店には沢山の企画がありました。見ていてもとても楽しいです。
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確実な復興を・・・。

気仙沼の復興はそうすることで社会基盤が見えます。次は住環境です。学校を含めた施設の復興です。それには鉄道が必要です。東京も大阪もどのようにして戦後復興し、栄えていったか、その歴史を見てください。鉄道を敷いて、そして人が行き交う、物流が行き交う、そして今日の観光とつながっていきました。
三陸の素晴らしい街は私の頭の中にはどうしてもヨーロッパの街並みが浮かびます。被災地の一つ一つは小さな町です。ここをヨーロッパの町づくり技術を国が導入して、個性のある街を作ります。日本に最もこの点が欠けています。計画性のない一軒一軒の家が素晴らしい日本を台無しにしています。どこの地域でもここは素晴らしいという町はこの日本には見たことがありません。
建設費はむしろ安くて済みます。ユーロを使って、スペイン、ギリシャ、イタリア、フランス・・・・、一つ一つを当てていきます。気仙沼はオランダか合っていると思っていました。
素敵な街づくりが子供達の教育環境を作ります。この地から世界で活躍する人材が出来てくると思います。その時が気仙沼の製品が海外で必要となった時です。
素敵な街には民間企業の研究所が、又、保養所なども出来てくるかもしれません。人口もどんどんと増えていくと思います。復興は夢も目標とすれば現実になると私は思っています。
さて以上の資金と現在進行中の資金とどちらが確実で早く、しかも資金が少なくて済むと思いますか。
仕事は町が復興してからが重要なのです。機能する町が確実な雇用なのです。復興の途中の雇用は消えてしまいます。このことはここでも言っておきます。(とても重要なことなので良く理解し覚えておいてください。)
有識者による会議を開くのではなく、実行可能な復興計画書に基づいて地域住民が自ら復興に向うという意思が必要なのです。
まだまだ自らの復興という点から、力がすくないように思います。マスコミ、大学の先生方の学術論文の試験台、・・・有名人への舞台提供にならないようにしなければなりません。
テレビで見たり、現地を見ていますとこの点は特に心配です。
現地には膨大なお金が投入されています。いろんな人たちが来ます。良し悪しの判断は厳しい目で見てくださいよ。
詐欺師は詐欺師に見えないいい人だから無詐欺が出来るということをもう一度付け加えておきます。自らの力の限り復興へ向かってください。日本はみんなが支援します。いざとなって困ったらいつでも声をかけてください。その前でもいいですよ。
一日も早い生活の復興を願っています。


<おみやげ用のお菓子を紹介します。>
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岡山と言えば、「白桃」、日本一の桃太郎の「きびだんご」です。勝央サービスエリアには楽しいキャラが沢山、そしてお菓子もいっぱいでした。良くできたおみやげ品がたくさん並んでいました。
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はろうきていちゃんは人気No.1のようですね。ずらりと並んでいました。
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スヌーピーも可愛いですね。
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リラックマちゃんも元気に日本一で頑張っていました。
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そして、きびだんごです。実にたくさんありました。どれも美味しそうでした。工夫がいっぱい、アイデアがいっぱいでした。見ているだけでもとても楽しい雰囲気があります。
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こんなにたくさんの黍団子がありました。さて生き残るお土産はどれになるでしょう。そして、新しいきびだんごも登場すると思います。良く見ておきます。
by fujitakikaku | 2012-12-20 00:04 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
成功する気仙沼の復興方法、気仙沼復興計画の作り方、気仙沼の復興には目標が必要、素敵な路面電車のある街 札幌

藤田八束の気仙沼、三陸復興祈願、健全復興を気仙沼に願う、頑張れ気仙沼・負けるな気仙沼②(2/3)

札幌の町を元気に走っている路面電車、とてもお洒落で綺麗です。乗っているとコトコトと心地いいです。快適な路面電車です。今や人気上昇中で注目しています。
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路面電車は札幌の観光にこれから大活躍してくると思います。廃線にしなかって本当に良かったと思いますよ。高齢者、マニアが全国からカメラをもって集まってきます。電車の写真スポットを作ってください。そうすると更に観光客が押し寄せます。飛行機の料金が激安です。今や高齢者はどこに行っても飛行機料金は同じです。さあどこに電車があるか、写真の素敵な被写体になる鉄道が有る街づくり、観光には非常に重要ポイントになります。(藤田八束が断言し、アドバイスしておきます。)

復興の姿を描いて、それを目標に進むことです。復旧では絶対にダメですよ。

東日本大震災後、私は何度も流通改革の必要性を書いています。この流通機構の在り方を組合として確立し、国の資金を使うことだと思います。ここを大資本に握られると今の日本の姿になります。一時的には利益は確保されますが、いったん握られた流通の中では生産者は苦しい立場へと追い詰められます。日本経済の流通における利益の配分に問題があるからです。そうはいっても自由経済の日本には結局は力のあるもの、資金力のあるものが流通を制してきました。しかし、これからはこの立場、流通を改革していくことが復興の最大の課題となります。

生産においては原料の種類には共通し、加工機械もほぼ同じです。同じものは共有し、人も共有し、販売ルートを選別し、確立することが復興のもっとも早くて確実、しかも、震災前よりももっと利益を確保する状態を得ることになると思います。

このチャンスに海外に輸出するということもありますが、国内で信頼を得られない製品が海外で販売できるはずがありません。リスクを最小限にして、確実な復興は国内販売の確立です。世界で最も気仙沼の食品を愛し、理解してくれるのはこの日本の国の日本人です。
余計な拡大ではなく、確実な流通を含めた加工場、加工関連施設の復興が重要です。私は義援金、復興資金を何故そこに向けないのかが理解できません。だって、気仙沼には水産しかないと思います。ここにエコタウン、ハイテク工場はいらないでしょう。そして、強靭な防潮堤もいらないでしょう。震災は防げません。命があればこの日本では必ず復活できます。阪神淡路大震災でもそのことは証明済みです。
ただし、福島は別です。本当にこの福島はどうなのかを正直に議論し、この地を復活させるか、地域を離れるかは決めるべきです。賢者はこの地からすでに去っていき、新天地で活躍していることと思います。
震災で、住み慣れた地を離れ、新天地で復興した先人たちは沢山います。勇気を持った判断が必要です。新天地に移り、新生活の資金は福島復興よりも容易で生活も安定するのは早いと思います。歴史を良く学び、検討し結論を出した方がいいと思います。
一見酷なようですが、数年たった時に、そうしておいたら良かったと絶対にそうなると私は断言します。
優しそうに、「皆様のお気持ちわかります。」「除染して早く元に戻れるようにしましょう。」・・・・この復興にどれだけのお金がかかりますか、時間が必要ですか。その資金は国民からの税金です。苦しい中での搾り取られた税金です。そんなことに膨大な資金を投入しても所詮元の姿です。同じ資金で移住してもいいのではないですか。全国に来てほしい街が沢山あります。沢山の人が一つの都市を造ります。とんでもない素敵な街が今の復興資金で出来ます。生活の資金も出来ます。福島は東京電力と国に使ってもらいましょう。
被災地にいろんな施設が出来ていますが、その施設本当に必要ですか。その費用は適切ですか。いくらかかっていますか。地域住民は厳しい判断をすべきです。復興に向けられるお金には限界があるということです。
これ以上の国民の借金が出来れば日本は破産するかもしれません。いつまでも豊かな日本だと思ったら大間違いだと思います。インフレが来たら金持ちはこの国を捨てるでしょう。デフレでいい状態ですよ。円高でいい状態ですよ。
今一つ、沢山の薬を口に入れるとき、本当にこの薬が必要か考えてみてください。医療費からの破たんはこれらの積み重ねです。1000円の薬には税金から2500円くらい支払われています。まわりまわって自分のお金です。
元気に外でボランティア活動をすれば薬の量も激減するでしょう。薬をやめてみたら食欲が良くなるかもしれませんよ、花を植えて綺麗な花が咲くのに元気づけられましょうよ。厳しい冬になりますが、部屋の中でもサクラソウは綺麗に咲きます。沢山の花がホームセンターに行けばありますよ。その花は厳しい冬でも部屋の中なら、そして面倒を見てあげれば綺麗に咲き続けます。・・・・・・そして、やがて春が来ます。温かい春が・・・。

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札幌駅地下街のクリスマスは盛り上がっていました。こんなに楽しさがいっぱいです。
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by fujitakikaku | 2012-12-20 00:03 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の気仙沼、三陸復興祈願、健全復興を気仙沼に願う、頑張れ気仙沼・負けるな気仙沼①(1/3)

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クリスマスが近くなりました。それぞれのお店では可愛いサンタさんが子供達を迎える準備に超忙しいようです。可愛いサンタさんがいっぱいです。蒜山高原(岡山県)のレストランで会ったサンタさんと動物たちです。
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気仙沼、三陸の復興を祈って

東日本復興の姿を何度も書いてきましたが、今も同じです。気仙沼は水産業そのもので成り立っていました。大量に漁獲するその鮮魚介類をまず保管する超冷凍設備が必要となります。どうしてもシーズン制の強い水産業は、変動大きな不安定な漁獲高になります。この原料を安定させるには冷凍・冷蔵保管庫が条件になります。次に安定した原料の保管があって加工が成立します。
そのためには低利の融資が必要になります。この原料としての安定保管と低利の融資はとても重要です。お金がないために市場では買いたたかれます。この資金をファンドとして保有することです。復興資金を基金として現金で置いておく必要があります。このあり方を国が認めてくれることです。
震災前の経営状態を確認します。利幅は確実に確保されていたか。必ずしもそうではなかったと思います。自分で作りながら値決めのできない状態、その元凶が流通機構の中での立場の弱さです。作るだけに力を置いた経営ではなかったでしょうか。
最も見直しが必要な重要な個所です。
国の義援金、支援金を現金で持っておく、超低金利で、できたら10年間据え置き型のファンドを設定してもらう。こうした方法を国にお願いすることです。今国は変わりました。より国民の側に立って政策を立てようとしています。
市を通して、県を通して、国に・・。どこの組織も大変です。会社だって同じですよね。それを円滑にする方法は気仙沼が一つになり、少なくとも組合を作り、組合としてのお願いを国に直接お願いすることです。そこに代議士先生が必要です。あたらしい代議士が決まりました。この時がチャンスです。チャンスを絶対に逃さないようにしてください。もしできないようであれば連絡ください。気仙沼の代議士が動かない時は他の代議士にお願いします。来年は参議院選挙があります。国民の声をないがしろにしたら自民党だって次は「ねじれ国会」で苦しむことになります。そのことを最も恐れているのが自民党です。お願いはまとまってすることです。
気仙沼が復興出来ないはずがないではないですか。必ず復興できます。
仮にシャープに買いませんか、そう話しかけたら、話はどうなると思いますか。私がシャープの社長なら交渉に入ります。だって水産資源が確実にあります。最高級品です。あとは販売ルート、シャープの社員に提供したら終わりです。それ以上の価格で市場に売り出します。恐れることはありません。食べ物は変わらない重要な生活の糧です。ハイテク産業より、確実に利益が確保できると判断しています。それは流通を持っているからです。
強気で復興するんですよ。頑張れ気仙沼!!

冬の北海道
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北海道大学の冬を味わいました。懐かしいあのころを思い出していました。降りしきる雪が真っ白でとてもいい思い出にふけっていました。
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レストラン「きゃら亭」で食事をさせていただきました。
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女性の方にお聞きしましたら、「鹿肉が人気です」とのことでした。「えっ、鹿肉を食べた記憶かありません。」でも一寸興味がわいてきました。注文することにしました。鹿肉のステーキです。頂きましてビックリでした。とても美味しいのです。香りも良く、上手に調理されていました。この鹿肉ステーキ絶対にお奨めです。次回チャンスあったら是非再度「鹿肉ステーキ」にします。私は決めました。
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鹿肉をいただきながら雪の中を講義に向かう学生たちをみていました。勉強できるということは本当に幸福なことですよね。雪の中を希望に満ちて勉学に取り組む姿が頼もしく見えていました。こちらではゼミでしょう。討論会をしていました。「北海道の観光について」一生懸命に議論していました。元気に満ちた素晴らしい光景でした。
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カラスたちが元気に集まり、なんと行水です。元気いっぱいでした。白い雪の中で元気な姿がとても心地よく、綺麗に感じられました。
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いろんな商品にはいろんな売り方があるものですね。工夫次第でその商品価値が違ってきます。唐辛子でも量販店と京都のお店では全然違います。当たり前ですが、では中身も違うのでしょうか。これが商売の面白さです。大切な自分たちの製品にどれだけ付加価値をつけて売るか、販売方法もとても大切だということです。
知恵をフル回転して売りたいと思います。
by fujitakikaku | 2012-12-19 17:47 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
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鹿児島の魚市場にて、鹿児島の卸売市場方たちも心配し、又、支援をしておられました。とても嬉しかったです。
私の人生の友人隈元仁君は市場の理事、声援を送ってくれました。善意の箱が置いてありました。
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市場で若者に逢いました。彼は石巻の出身だといっていました。ここ鹿児島の魚市場で頑張っていましたよ。そして、被災地石巻の人達のことを本当に心配していました。ここにも頑張っている素晴らしい若者がいました。そして、支援をしていました。
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隈元君ありがとう。みんな頑張っています。だから長い支援をお願いします。


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福井県金沢市、城下町近江町市場には大きな声援がありました。本当にありがとうございます。石巻の皆様への支援を続けると言っておられました。
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神戸では、当初から長い支援を掲げ、こうして声援を送っています。
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ここ神戸でも、膨大な義援金が使途の問題がありました。見てください。義援金はどこに送られたか、領収書がついています。これは当時の私たちの考えを大きく物語っています。阪神淡路大震災では横領事件が沢山発生したのですよ。私たちの町でも2000万円の義援金横領事件ががありました。当時の新聞を見てください。そんなこともあったので震災の当日から、「膨大な復興資金が来ます。みなさん早く復興計画を立てて、」「それに沿った資金の運営を国にお願いするように。」と叫んだつもりです。特に石巻は民主党安住先生(副幹事長)の母体、今こそその真価を発揮してもらってください。そのための代議士先生ですよ。とにかく英知を結集することです。
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JR札幌駅ではこうした激励の幕を張っていました。最も目に付くところに設置され、みんなが忘れないように掲げられていました。これが札幌の人達、道民の気持ちだということです。
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11月10日に私のブログにお便りをいただきました。石巻市南浜町の方です。ありかとうございました。被災した門脇小学校を残すべきか、取り壊すべきかということで町が揺れているということでした。私の気持ちを書かせていただきました。そして、取り壊すべきだと書かせていただきました。それには本当につらい思いを考え抜いての私の考えと気持ちです。
昔より、大きな災害は全国各地で起こっています。しかし、そうした悲しい建物を残していないことに不思議に思もっていました。
辛い思いの中には我が子を身売りした話もあります。その化身として人形、こけしを作って神棚においたとも聞きました。その悲惨さも台風、山津波、洪水、干ばつ、冷害等の天災が原因です。こうしたことは何事も起らなかったかのようにされていて、その地を訪れても殆ど分りません。でも人災は違います。長崎、そして広島の原爆ドームはそうです。人と人がもっと理解し合えば避けれたことです。会津藩白虎隊悲劇の史実もそうです。避けれたものと避けれなかったことは後の歴史が正確に判断します。
私は3:11気仙沼で被災しました。この時の様子はブログにも載せています。この時気仙沼の阿部長商店小川工場長、斉吉商店斉藤社長様に助けてもらいました。合同庁舎の上で3日間過ごしましたが、その時必死に伝えたのは「神戸から来ました。みなさん大丈夫ですよ。」「自衛隊の方が直ぐに助けが来ます。自衛隊の方が来ますから、」そう叫びました。
・・・・・それから今日になり、被災地の被災の様子を風化させないように、そんな話が沢山上がってきました。でも私は残すことで忘れたい気持ちがどうしょうもなくなることと、どんなにたくさんのお金が必要になるのかを心配していました。いろんな人がそんな話をもってきます。私たちの町でも慰霊塔を造る話がありました。そのときはこの事実を知り、猛烈に反対し、この慰霊塔の建設を取りやめさせました。この費用1億5000万円誰が見積もりを出すのでしょうか。とんでもないこの費用は国が払うという、国のお金ということは国民の税金です。こんなことをして、亡くなられた人は本当に喜ぶのだろうかと思います。生きる人、不幸にしてこの世を去られた犠牲者の皆様。みんながこれから先の幸福を考えるべきだと思います。復興には沢山のお金が必要です。
その建物を残す反対の理由は、亡くなられた人はどう考えているのでしょうか。決して残してほしいと私は思っていないと思います。できたら早く忘れて前へと進んでほしいと思っていると思います。残されたその人たちが復興できなければ亡くなられた人は悲しくて成仏できないのではないかと考えています。
辛いけど前に向かわないとすべての国の仕事の半分は地元の借金として残ります。18年前に北海道で起こった奥尻島津波を知っておられると思いますが、ここは島を防潮堤で囲み、その借金が膨大に今だに残っています。そこには風化させないための建物もあります。それがどんなになっているかを見ることができます。自力で自らの復興計画を立てて、前を向いて進んだのが私たちです。17年前阪神淡路大震災は私の家も破壊しました。でも街づくり計画を立てて、文化都市を作ることにしました。そんな街は今ここ、兵庫県西宮市にあります。今や関西で最も住みたい町になっています。それは小さい花の町にすることから始まりました。この話については私は何度のこのブログに書いています。よかったら見てください。
門脇小学校を残すことより、この津波でお父さん、お母さんを亡くした子供達を何としてでも守らなくてはいけません。どのようになっているのでしょうか。子供たちの教育は絶対に必要です。これは決して避けてはいけないと思います。こんな子供達の話がほとんど聞けないことに復興の根源が忘れられ、高齢者の話しか出てこない報道に心配をしています。私たちの税金は、義援金は本当に必要なものに使ってほしいと思います。小学校を残したいのなら卒業生がその資金をだして、何かを残した方がはるかに有意義だと私は思います。できることでいいのではないでしょうか。でもこれも、時日が過ぎ、ある時期が来た時に史実として分ることで、必要なのは石巻の人達が自力でどうするかを決めることではないでしょうか。
辛いお話をして本当にごめんなさい。でも、本当に皆様のことは心配しています。いつも、毎週のようにブログを通して声援を送っているつもりです。そして、いろんな所へ行くと国民の皆様への支援の義援金箱を見ます。このお金が本当の復興に、石巻の人達の復興に使われると信じています。
又お互い、いい方向へ進めるように協力していきましょう。特別復興税は被災地皆様の復興のために全国民が集める税金の形をとった義援金です。これから始まります。全国民は反対しなかったのです。それは国民の皆様への支援の気持ちであることを知ってください。国のお金ではないのです。

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ここは島根県出雲市、神々が集う場所であり、万の神様がいらっしゃるところです。
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出雲大社には被災地のみなさんへの強いメッセージが祈るように飾られていました。これが日本の皆さんの偽らざる気持ちです。
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七福神の乗った宝船、みなさんは被災地の一日も早い復興を祈っておられましたよ。
ここは島根県雲南市、三刀屋町福祉協議会の玄関に巨大な義援箱が置かれていました。
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国造りの神様の「八束水臣津野命」が祀られています。なんだか私の名前も関係しているようです。

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札幌の今です。秋も深まっていました。
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また今年も素晴らしい秋を神様は私たちに提供しています。明日の幸福に向かって進みましょう。頑張りなくしては決して到達しないと思います。
by fujitakikaku | 2012-11-13 05:58 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
気仙沼の子供たちの笑顔が忘れられません。大好きです。
この写真は2008年3月11日の写真です。大川での子供さんとお母さん、おばあちゃんの写真です。ここも崩壊しました。
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生活の糧を作ることです。この糧の崩壊が生活の基盤をなくし、将来が見えなくなるのです。
子供に教育ができなくなったら、この町は終わると思います。希望の灯りは子供たちに教育をさせる。このことを決して忘れてはならないということです。すべてを犠牲にしてもこれは死守すべきですよ。

被災地ではがれきの撤去が進んでいます。がれきが整理され、利用できる平地に整備することから復旧は始まります。しかし、この時にはすでに復興計画書はできていて、町の全員がその平地の上に作られる町を想定して、それに向かっていくときに希望という文字が映し出されるもの思います。
大震災の大きさは尋常ではなく、多くの犠牲者が出ました。こうした犠牲者を再び出さないようにということもあり、なんだかの形で遺構として残したいという考えがあると思います。この点は大いに議論されるべきです。
私は気仙沼で大震災に遭ったあの時からそのことを考えていました。多くの人が何かを遺構として残すべきだと言います。当初建物の上に乗っかった漁船をそのまま残してはという話、南三陸町の防災対策庁舎の話、工場に突き刺さった大型漁船・・・。私はその話を聞きながら、できたら残してほしくない。その思いでいっぱいでした。避難所にて涙が出ました。その当事者というものは時間がたつとそのことを早く忘れたいものです。お墓がそうです。最愛の人をなくしてもその人に会うにはお墓に参ります。決して庭先にはありません。
人は生きている喜びを感じなければならないと思います。時に過去を振り返り、ここで平和に暮らせている喜びに感謝することが大切だと思います。だからお盆があり、皆が集まり、お祀りをします。災害は突然やってきて人の命を奪います。このことは信じられない出来事です。人生の中で一度あるか、ないかの経験です。
遺構は人目のつかないところ、意識していかなければいけないところに設置すべきです。仮にこの街に自分の目の前で子供が流され、亡くなったとします。この人は毎日忘れないで生活をさせるのですか。私はとても耐えられません。これが現実としてここにいるものは生きえたものとして犠牲者の方の分も幸福になっていただきたいと思います。
最も大切なことは遺構を残すことにたくさんのお金を使わないこと。そのお金は今生きている人たちのために、子供たちの学費、教育のために使われるべきだと思います。一部の学者の研究材料、素晴らしい遺構の建設費に決して使わないでほしいと思います。亡くなった人はきっと残してきたここにいる皆様のことを心配し、頑張ってほしいと願っておられると思います。
限りある支援金、義援金、復興資金は大切に使い、近い将来税金として、返済資金として返す。次に同じ災害が起こったときはすぐにこのお金が使えるよに計画は立てられるべきです。
震災は昔より起こり、それを恨むことなく人々はその苦難の中、復興を遂げて今日に至っています。震災の事実は、その後の対応は資料としていくらでも残すことができます。私は遺構は必要ではないと思います。私は西宮市にいますが、16年前の阪神淡路大震災の時も遺構を残さずに良かったと今思っています。
by fujitakikaku | 2011-12-15 21:43 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
気仙沼もいよいよ国の支援を受けて大きく動いていくようです。復興庁が成立しました。
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五十鈴神社の恵比寿さん、気仙沼を見守っておいてください。見事に復興しますから。

私は期待します。日本政府は国の名誉と誇りをかけて復興に全力を挙げてほしいのです。おおいに期待しています。
本日の朝日新聞に、「被災沿岸進まぬ再就職 3県前年比失業手当3.7倍」と掲載されその内容がトップで掲載されていました。今日で被災から9か月になります。
再就職率をうんぬんするのも問題があります。被災救済がそこに行ってなかったと思います。私は復旧、復興のポイントは、重要な要は被災した企業の支援にあるとし、その方法も呼びかけてきました。被災者救済の本当の意味が当面の救済だけでなく、一年先、その先を見据えた救済であり、支援であるべきと思い、それも呼びかけてきました。
ここにきてこのようなことを言ってもその方向で進んでいないのですから、しかたがないと思います。今からでも仕方はありません。遅くない対応とするためにも救済の基本が企業の救済、支援に向けるべきです。
元気な企業が気仙沼に住む、気仙沼を本当に愛する人には必要なのです。企業の再生があってはじめて、地域住民の生活が存在することになります。
日本全国見渡してください。けっして経済状態は良くありません。円高は輸出企業を直撃し、関連会社も含めて海外移転で日本人も海外へと就業先を変えています。生活を守るためにです。


更に続きます。・・・・・
by fujitakikaku | 2011-12-14 07:08 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)
気仙沼を復興するときに大切な条件
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震災前の写真です。この街が私は大好きです。ホテル観洋にお世話になり、窓から見る朝日から私はいつも元気をたくさんもらっていました。お日様に会うのが楽しみでもありました。
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美しい港町、それがすでに気仙沼の財産です。いずれも震災前の写真です。

気仙沼を復興するときに特に忘れてはいけないのは、奥様たちの意見です。いいですか、この街を支え、ご主人の健康とやる気を支えていらっしゃるのがここ気仙沼のお母さんたち、ご婦人たち、女性たちです。しっかりと支えておられます。この女性たちの意見は十分聞き入れられた復興計画になっていますか。
これまでに私が気仙沼の皆様とお仕事をする中で、気仙沼の女性たちの力を本当に感じていました。ご主人を支える姿は本当に素敵でした。これからもきっとそうであると思います。震災を受けて、「本当にお父さんここ気仙沼でもう一回やり直してみようよ。何とかなるよ。二人で頑張れば。」そんな会話がお二人の間にきっとあったと私は思います。震災から9ヶ月。時間は過ぎていきますが、少しずつでも前に進んでいる。また、ここまでこれたと思われるなら、そのそばにきっと奥様がいらっしゃると思います。
不幸にして奥様を亡くされた方もいらっしゃるかもしれませんが、「お父さんしっかりしなさい。私はここにいますよ。そばにいますよ。見えますか。」・・・聞こえてくると思います。
生前に将来の夢、これからの気仙沼での生活をお話しされていたと思います。思い出して、この街の復興に向かってほしいと思っています。気仙沼復興計画書はそんな計画書であってほしいと思っています。
気仙沼の女性がこんな町に復興したい。そんな願い、目標を絶対に入れた計画書てあるべきと思います。女性は決して無謀な目標を設定しません。より現実的です。
世の中も、もっと女性が参加した国づくりが世界的にも進んでいくと思います。
国会議員の中に女性が非常に少ないのも日本経済が停滞する原因と私は思っています。
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震災前の気仙沼港の情景です。こんなにも綺麗な港町は他に類を見ません。

更に続きます。
by fujitakikaku | 2011-12-14 07:06 | 気仙沼、三陸の復旧と復興 | Trackback | Comments(0)

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