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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

カテゴリ:日本の水産業( 123 )

が教えてくれる命の大切さと自然への感謝、水産不漁の原因はどこにある温暖化だけではない・・・・水産不漁の原因

の遡上を見ることが出来ました。そして、川を上り詰めるとそこには生命の営みがありました。が獲れない獲れない水産関係者は嘆きます。この不漁は3年以上続いています。あの大量に獲れていたあの頃が嘘のようです。何がそうさせているのだろうか、その原因は・・・。有識者たちが調べていますが今一つはっきりしない。温暖化だと言い切ってしまう人がいるがそうだろうか。私は別の見方をしています。

気仙沼へ行きました。そして、廃線の跡を訪ねることにしました。かってはここは大船渡線の列車が走っていました。そして、今頃になるとコスモスの花が沢山咲いていたと思います。廃線の跡は街もさびれて行っているのを見ることが出来ます。
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そんな淋しい思いをしながらも自転車をこいで散策した。一本の川を見つけた。小さな川ですが良く見ると鴨たちが楽し気に鳴いて泳いでいました。実に可愛いではないですか。そして、更に良く見ると川に大きな魚が見えました。何とです。の遡上のようです。
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数匹が群れを作っていましたが、こちらの方ではどうやら産のようです。一尾の雄のが雌をゲットして産が始まるようです。美しい川の流れの中で生命の営みです。これには感動です。自然の中でこんなにごく自然に産状況を見るのは初めてです。心臓がはちきれそうに興奮ました。
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二尾の行動を静かに見ることにしました。・・・・・・
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が終わると雄は雌から離れ、更に上流へと泳いでいきました。周りを見ると川の護岸工事が行われていて川幅が小さくなっていました。かってのこの川はどうだったのだろか。人間が生活しやすいように環境がどんどん変わっていきます。人間に都合に良くなるとそれとは逆に都合よくない生き物たちがいる。それがこの川では達なのかもしれません。そんな川がどんどん日本の多くの場所で起こっているのではないでしょうか。
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懸命に子孫を残し、子孫繁栄に命を懸けるその産の様子を見るにの不漁に嘆いている時ではない。
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の命をもらう私たちは達のために何が出来ているのでしょうか。不漁に嘆く前に何が出来ているかを考えてみる必要があるようです。



by fujitakikaku | 2019-10-24 23:50 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(2)
日本の水産物の危機、水産業の生きる道、水産業の衰退は国の存亡の危機・・・商業捕鯨とサンマイカサバの不漁の相関関係

サンマの大不漁が今日もテレビで話題となっていた。原因は温暖化、そして沖合での中国、台湾船による先獲り、と言っていた。海水温が高くなり、冷たい海水の好きなサンマが近海に近づかなくなった。これは温暖化が原因だと言っている。確かにそれも原因かもしれないが、イカサバも大不漁が続いている。私は鯨捕鯨に原因があるとみています。海に鯨が多く繁殖しすぎたのが大きな原因の一つと考えています。鯨の胃袋の中に大量の魚たちが吸い込まれていきます。魚たちの環境としても子孫繁栄には適していません。そんなことで調査捕鯨が原因の一番大きい所だと考えています。もう一つは日本の海がきれいになり過ぎたのだと思います。そのために栄養素が無くなり、プランクトンが激減し魚たちが生息できなくなっているからではないか。この二つが大きな要因だと思います。
商業捕鯨が今年の7月から始まりました。日本人の鯨食が受け入れられ、好んで食べることが水産資源の復活につながると思います。政府はクジラ肉が国民に愛されるように補助金を出して早く食べてもらうことだと思います。鯨を知らない若者もいます。何とかこの窮地を救うのは鯨食の繁栄だと思います。国はここの処をよく考え、鯨食拡大のための補助金を用意し、安くして美味しいクジラ肉を国民に食べてもらうことが重要です。一方外国のお客様におもてなし料理としての販売努力も必要です。

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鯨料理は最高のおもてなし料理になると確信しています。・・・商業捕鯨に国はもっと積極になるべき、学校給食での復活が日本の漁業再生に力となります。肉並みの価格に国が補助金を出して調製すべきです。期限付きでいい。不漁対策の最大の効果があると思います。みんなで日本の食文化を守りましょう。そして、世界へ!!





by fujitakikaku | 2019-09-10 00:03 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)

藤田八束の鉄道写真@人手不足対策、日本企業の深刻な問題と克服方法・・・研修生の力活用、力量アップ

これからの企業にとっての問題点の一つに人手不足かある。これは深刻である。ではどんな人が不足しているのか。特に深刻なのが人並みに働く人である。数として不足なのですから当然その部分はより深刻になってきます。そこで考えたいのが研修生の活用です。食品工場では研修制度を利用して人手不足を何とか切り盛りしてきた。ここにきてもうどうにもならなくなってきた。

仕事の中にはいろんな種類が有りますがシステム化が進みセキュリティもしっかりしてきていました。海外からの研修生の人材育成はこの人手不足の解消法の一つになります。食品業界では労働力、肉体的労働力として時間給で活用してきたが、よく彼ら、彼女らを見ていると潜在能力の素晴らしさに気付いた。かって私もタイ国で会社を立ち上げ、工場も作り、多くの現地の人に協力してもらった。若者たちの活躍を得た経験が有る。日本人が抱いているよりはるかに素晴らしい力量を持っている。そこでこの人手不足を彼らの力量に期待したい。言葉の障害が有るように感じるのは日本人であり彼らにはない。彼らは言葉を覚えようとも努力する。そして、考えたいのは日本に来て、働くことで彼らの幸せ度が少しでも向上できることである。大切な能力を会社発展と同時に彼ら自身にとって将来に役立てるものを供与することである。それは極めて簡単なことで、日本語での読み書き、コミニュケーションが取れるようにすることである。

今、食品工場では食の安全をテーマにHACCP導入が進められているが、ここに研修生を活用することである。ただし、全て日本語で行うことである。どこまで彼らは役割を果たしてくれるか。私は興味津々です。彼らの能力を見極めるチャンスである。

若いし、能力もあれば管理側に回って欲しい。帰国したらこの優秀な、成長した研修生は国に帰っても日本で仕事出来たことに感謝すると思います。日本の加工食品が少しずつでも広がるチャンスにもなると思います。貿易は国と国の関係が必要です。お互いが理解し合える関係の構築に彼らは力を発揮することも間違いないと思います。現行の人手不足対策、それはこれからの食品工場をより発展させる手段ともなると思いす。研修生の教育は日本の人手不足を解消するし、これからの輸出促進に大いに武器ともなると私は思っています。私は実行するつもりで動いています。

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青森市青森空港着陸寸前の雪景色です。とっても綺麗でした。青森では美味しいラーメンを頂きました。青森はラーメン屋さんがたくさんあり本当に美味しいお店がいっぱいです。このお店はそんな美味しいお店の中でも特に評判のお店だそうです。美味しかったです。

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by fujitakikaku | 2018-03-27 06:59 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
気仙沼は最高!! 三陸の復興は気仙沼に任せた・・・気仙沼の水産は牽引者に成れ

堺丈明さんは気仙沼プラザホテル支配人、気仙沼の観光に大きく関係しておられます。先にはスイスに観光研修をされたということでそのお話も伺いました。若者が地元の発展に大いに努力、研鑚する姿は見ていても嬉しいものです。きっとこうした視察、研修がなんだかの形で気仙沼だけでなく、三陸の観光に大きく寄与していくものと大いに期待しています。気仙沼は水産都市、是非水産と観光を一体にした観光を作り上げてほしいと思います。スイスのお話を伺い、美味しい食事にビールの美味しさ、
最高の夜になりました。(気仙沼プラザホテル、海舟にて・・・・)
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気仙沼の夜もとっても綺麗です。こうした港町の情景は芸術家にとっても最高の情景ではないでしょうか。
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夜明けの気仙沼港です。大島からのフェリーが入港してきました。
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夜明けを安波山から仰ぎ見ました。その美しい日の出に感動しました。この素晴らしさこれは観光の宝物になります。

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何時の時代に作られたものでしょか。竜の像が二体どっしりと設けられ、海を見ていました。海の守り神のようでした。
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ホヤボーヤがフロントでニッコリ、私を迎え入れてくれました。元気に復興に向かっています。


by fujitakikaku | 2017-02-08 07:00 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
復興へ向けて懸命に頑張っています、頑張れ気仙沼・・・・気仙沼プラザホテルからの絶景

復興して行く町の姿を見ることが出来ます。震災からの復興は必ずしも早いものではありません。それだけ大きな被害を受けました。でも気仙沼の皆様の懸命な努力が伺えます。美しい気仙沼はきっとよみがえると思います。ホテルから見る美しい気仙沼に復興の姿をだぶらせていました。どんな素晴らしい街として復興するのだろうか、私は大いに期待しています。(気仙沼プラザホテルから・・・朝日を見ています・・)
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大島からフェリーがやってきました。海の色は碧く、季楽気にと輝いていました。
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安波山を見ています。これは部屋からの景色です。復興して行く様子が見えます。
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気仙沼の美しい港の様子が伺えます。とっても絵になる情景です。世界スケッチコンクールをやるといいと思います。優秀作品は防潮堤に書き写したらどうでしょうか。
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造船所も夜になるととっても綺麗です。
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夜になりました。夜景もとっても綺麗です。町全体でイルミネーションを用意していました。
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早朝の港の様子です。総長もとっても綺麗です。(気仙沼プラザホテルの私の部屋から・・・・最高の景色です。)
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by fujitakikaku | 2017-01-25 07:01 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の頑張れ気仙沼!!@東北大震災からの復興・・・気仙沼のこれかに期待

随分と久しぶりの気仙沼訪問です。あの震災から6年が過ぎようとしています。復興の様子を見るに「復興へ向かっているのかといえば確実に進んでいる」とは思います。しかし、私の考えている復興とは震災前よりもより魅力的な気仙沼を作り上げることだと考えています。
震災は突然襲ってくるもの、しかし、その九人を知恵と勇気で乗り越えるときに真の復興があると言えます。苦しかったけど良い街ができた。そんな思いが湧くことであると思っています。そうした目線から気仙沼をみてみました。

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どんな街にしようとしているかが今一つ私には理解できません、気仙沼がどんな方向で街づくりをしようとしているのかが良くわかりませんでした。私がおかしいのだろうか。
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気仙沼の街から大島を見ると、かっての気仙沼の元気が伺えません。美しい日の出はどこに行ったのでしょうか。殺伐とした対岸には活気がありません。大川の桜が伐採されていました。あの美しい桜並木がなくなったことに気仙沼の人たちは涙したと思います。防潮堤ではなく、桜の並木を作るべきではないですが、津波が来たら逃げる。逃げればいいんです。家や、建物は命があれば再興出来ます。
丘に建っているこの建物は気仙沼の一等地です。観光のお客様なら真っ先に目にはいるところです。お洒落な、素敵な街を作ってほしい、それが復興です。何とか生き延びました。・・・これでは支援する私たちは悲しくなってしまいます。借金が蓄積されていく日本です。気仙沼のブランド力を生かすチャンス、素敵な街並みを作って欲して、安波山から見て輝く街、大島から見て光り輝く素敵な街を作ってほしいと思います。この丘を桜か、ハナミズキで囲い、春にはたくさんのはながさき、コスモスが咲き花の丘をここに作ってほしいものです。
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気仙沼の最も大切にすべきテーマは「水産業と観光」です。日本人なら陸前高田、大船渡、宮古、釜石は知らなくとも気仙沼は知っています。気仙沼が素敵な街を作らなければなりません。復興とは素敵な街づくりです。素敵な、魅力ある街には魚が集まり、人が集まります。ご先祖様の期待に応えるチャンスではないでしょうか。

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毎日安波山に登り、気仙沼を見てみてください。おお、復興に向かっているぞ~。そんな気持ちにはちょっとなれませんでした。
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気仙沼プラザホテルから港を見る。・・・・・・美しい街並みが幻想されます。神社の神様もどこかへ行ってしまっていないたろうか。気仙沼の人たちの心が離れては絶対にいけません。
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気仙沼の水産資源と多くの漁船、地形が作る見事な港町の姿、海岸線、いま気仙沼が皆さんにどうしてほしいと言っているのか聞こえてこないでしょうか。
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ヨーロッパの街並みを見てください。戦争、戦いがあり、その争いに敗れ、災害に遭って疲弊して、・・・そこに人々の生きたいという熱い思いが一つになり素敵な街ができています。その街の多くが世界遺産となっています。気仙沼だからきっとできると思います。

by fujitakikaku | 2016-09-05 07:00 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の気仙沼への応援:水産業の復活が気仙沼の復興の最大ポイント、世界に通ずる気仙沼ブランド

気仙沼で助けられた私の思いは一つ、気仙沼の復興です。
気仙沼の復興は水産業の復興にあります。4年前からその思いは同じです。
誰が何と言おうとも水産企業を支援し、団地を整備し、流通を確立して、復興へ、人の生活手段はその次でもいい。このままだと人が居なくなる。有能な人材がこの町から出ていく、その人はもう二度と帰ってこない。急いでほしい、最優先で頑張れ
・・・・そう言い続けてきました。生活の基盤は家でも何でもない。生活の糧が必要なんです。
そして、三陸の復興は気仙沼が示せ、気仙沼が出来なかったらどこも出来ないとも。・・・・・そう言い続けてきました。この声は届いていないのだろうか。

震災の跡が生々しい昨年の9月の写真です。神戸淡路大震災を経験した私には復興の経験があります。しかし、今の気仙沼にはその姿が見えません。3年たっても復興の姿が全く見れませんでした。
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一筋の光を見ました。神様はまだいます。神様が町を去って行かないうちに復興しなければならないと思います。先人たちの意志を継がないといけません。
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撤去を待つ線路、そうではなくその前になぜこの鉄道が出来たのか、そして、復興の意味を考えたら何をさておいても鉄道でしょう。大切な鉄道の復興ですよ。
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タンポポの綿毛はどこかへ飛んで行こうとしていました。新天地を求めようとしているのでしょうか。私はきっと近くでみんなを見つめてくれると思います。
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私が責任者なら、復興の指導者なら絶対に鉄道をはずすなんかは絶対に考えません。絶対にさせません。なおさら一層復興には必要です。このことは言い続けてきたつもりです。この風景は復興を望まないその姿のようにも見えるほど悔しい風景です。情景です。仙台からの一貫した一本の鉄道を一日も早く復興させろと言い続けてきました。バスなんかを走らせてどうしょうというのでしょうか。ただテレビ報道がよろこぶだけではないですか。学識経験者が研究の材料として喜ぶだけです。復興の手段になるはずがないでしょう。復興とは震災前よりも良くなることですよ。チャンスだと考えることです。
by fujitakikaku | 2015-03-15 08:38 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
藤田八束 頑張れ気仙沼!!・・・震災から4年:気仙沼の復興無くして三陸の復興はない、企業の復興を最優先すべき

長崎中華街の春節祭の様子です。見事でした。
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長崎の夜景はさすがです。世界三大夜景に指定されました。長崎、神戸、香港だそうです。
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気仙沼はどんな街に復興しようとしているのでしょうか。

復興した姿を描いてください。そして、そこで自分は何をしているのか、現実と向かい合ってみることが大切です。出来てから、復興してから次の行動を考えても遅すぎます。これが私からのアドバイスです。復興は出来たものとして考えて準備をしておくことです。
そして、報道に乗らないことです。現実を良く見てください。報道が興味を示す視点は復興と必ずしも一致していません。視聴率と復興は全然違います。

次にいつもテレビで見る姿は、情景は三陸の幸の美味しさを強調していますが、美味しいものは全国に山とあります。大切なのはこれからは歴史です。歴史と鉄道です。歴史と鉄道があって、美味しいものがあり、温泉が有ることが観光地としての重要な要素、復興の要素となります。東北にある歴史は魅力がたっぷりです。写真になる情景も財産と思ってください。

次は他地区との連携です。三陸の町が一体になること、また、他地区、九州でもいい、他地区との連携です。自分たちの町だけでは魅力は大きくできません。限界があります。お互いの地区が協力することです。黒川・阿蘇あたりはどうですか?

水産業は地域復興の中心にあると自覚してください。水産業の復活無くして人は集まりません。魅力ある街に人は集まります。夕張等のかっての炭鉱の町の栄光と衰退の歴史がそれを教えてくれています。
by fujitakikaku | 2015-03-12 11:47 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
震災からの復興・・・最も恐ろしい落とし穴

復興の遅れ、遅々として進まない要因をどのように感じておられるでしょうか。私たちの経験ですが・・・・。
国家の一大事に必要なのは・・・それを統率し、強引にでも引っ張っていく人の存在です。
最も遅れる原因の一つは仲良し会的合議による進め方です。これは理想的なんですが無理な話です。1+1=2と分かっていても必ず反対する人がいます。そして、少ない反対者は声はでかいし、危ない時があります。それでは話し合いは進みません。
歴史を見てください。国の一大事には少数の賢い集団が現れ、みんなを一つの方向へ強引にでも進めていきます。振り返ってみるとそれが国を救ったことになっているのです。賢者を見抜いて進めなけれはなりません。
テレビ受けするものに成功はありません。
by fujitakikaku | 2015-03-11 12:36 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)
森進一さんへご連絡気仙沼の歌碑が放置されていますご存知ですか?不安の方森進一さんへ連絡ください

森進一さんの大ヒット曲港町ブルースの歌碑が気仙沼にあります。それは誰よりも森進一さんがご存知だと思います。大震災でみじめな姿に変わりは田琴葉美存知でしょうか。9月に気仙沼へ行きましたら震災当時とまったく同じで荒れ果てていました。これでいいのですか。
鹿児島で育った私は森進一さんがデビューされた時のことを昨日のように覚えています。そして、みんなで応援しました。今や歌謡界の大御所です。歌を歌詞を大切にされる森進一さんならこの姿はないと思います。

10月4日現在のモニュメントです。震災のままです。
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この姿でも多くの人が足を運んでいました。この今の姿はひどすぎます。どうにかすべきだと思います。震災前は歌碑の前に立つと美しい港町ブルースが流れてきました。港町ブルースと言えば森進一さんの歌です。誰もがそう思っています。
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以下は2011年7月23日に私のブログに書いたものです。

今日森進一さんのHPを拝見していましたら、冒頭にこんなご挨拶の文が掲載されていました。
 
絆・・・・森進一  
日ごろ大きなご支援・ご声援をいただき、ありがとうございます。
このたびの東日本巨大地震の被災地の皆さまには、
心よりお見舞いを申し上げます。
余震や原発事故等への対応も含め、東京周辺でも不安な日々が続いておりますが、
被災地ではさらに大変な状況とお察しいたします。
復興に向けてどうか頑張っていただきたいと、心から願っているところです。
まだまだ寒さも残り、天候も不順の折、
被災地の皆さま、そして全国の皆さま、どうぞお元気でお過ごしくださいますよう。

                                             森 進一
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私が気づくのに一寸遅すぎたかんがあります。このお言葉に感謝申し上げます。そして、港町ブルースは森進一さんがとても大切にしておられる曲だともいつも聞いていました。私は鹿児島大学水産学部を卒業して、北海道大学大学院へと進みましたが、丁度昭和39年に鹿児島で生活を始めることになりました。そのとき「女のためいき」でデビューされてからファンというよりも応援したい歌手の一人でした。私が水産系の大学を進みましたのでこれから森進一さんの港をテーマにした歌に影響を受けました。今は港神戸近くにいます。これも海と港町が大好きだからです。そして、仕事も全国の港町に行くことができ沢山の漁師さん、加工会社の社長さんとめぐり合いました。めぐり合えた人たちは私の大切な財産です。3月11日は気仙沼にいました。これも運命なのかもしれません。でも気仙沼の人たちに助けてもらいました。
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風光明媚なこの町が無残な瓦礫の中にあります。こんな中だれが綺麗にしているのでしょう。森進一さんのモニュメントが綺麗に清掃されていました。この気仙沼の人たちは森さんが大好き、森さんの歌が大好きなのです。でもその大切なモニュメントが悲惨な姿になっていて悲しい限りです。
森さんがもし、少しでも時間を作っていただけるなら、気仙沼へ行ってほしいと思います。このモニュメントを見て欲しいのです。こんな悲惨な中でも、気仙沼の人は全力で誠意を持って大切にされている様子が伺えます。私はこの壊れたモニュメントを見て涙が込み上げてきて止まりませんでした。
モニュメントから又あの素敵な森進一さんの声が流れる日を気仙沼の人はきっと信じているではないでしょうか。私はもう壊れているのにと思ったのですが、そこはさすがに心優しい気仙沼の皆様です。涙の訳はこのことなのです。気仙沼でも最も港町らしい桟橋にありました。私はここからの景色が最も好きです。
「港町ブルース」には函館、宮古、釜石、気仙沼とつづき・・・三崎、焼津、・・・八幡浜・・・燃えてみをやく桜島、旅路の果て、枕崎と・・・・港町が繰り出されていきます。すべての町でいろんな楽しい思い出があります。気仙沼もきっと立ち上がって・・・数年立った時に・・・あの時は大変だった、でも皆で良く頑張ったよね。きっとそんな日が来ると信じています。
私は神戸淡路大震災も16年前に遭遇し、家をなくしました。全壊でした。でもその時に前川清さんの「そして神戸」を良く歌っていたことをいつも思い出しています。だから何処に行ってもカラオケのチャンスがあれば「そして神戸」と「港町ブルース」は絶対に歌わせてもらいます。あの頃を思い出しながら歌っています。時に涙することがあり、どうされましたと聞かれることがあります。とても私の人生の中で忘れてはいけないのがこの二曲です。素敵なうたです。ありがとうございます。

今はこんな残酷な中に気仙沼はあります。
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頑張って復興しましょう。

港と桟橋近くは気仙沼で最も昔の風情をのこした気仙沼市民の自慢の町並みがあったのです。これが大震災の前です。桟橋の奥に三角のライトが綺麗に輝いていますがこれが森進一さんの「港町ブルース」のモニュメントです。いつも気仙沼の人たちは大切にしていましたよ。綺麗な町でしょう。絶対に復興できます。復興にこの歌を大切にしていきましょう。早くこの歌が聴けるといいですね。
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この素敵な写真は気仙沼プラザホテルから撮りました。勿論大震災前の写真です。私の大切な写真でもあります。

by fujitakikaku | 2014-10-09 15:40 | 日本の水産業 | Trackback | Comments(0)

フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/


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