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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

カテゴリ:東北大震災・気仙沼( 28 )

藤田八束の大震災からの復興、頑張れ気仙沼@東日本の今、東日本大震災は何を教えてくれた

今日は3月11日、まるまるあの大震災から6年である。大震災から復興の道のりは大変な毎日でした。でもまだまだ復興の途中です。気仙沼は復興できるのか本当に心配をしています。
新聞、テレビの報道は一斉に大震災から6年をテーマに放送が始まりました。いま国民はどんな報道を待っているのか、答えはただ一つ町が、村が、市が、市町村が「お陰様でこんなに元気になりもう大丈夫です。」そう言ってくれる市町村の声を待っています。いまだに「こんなに困っています。」そんな姿を出されてもそんな姿を誰も待っていません。このことを被災者は知って欲しいのです。テレビの番組もおかしい、いまだにそんな被災者がいかに困っているかを報道しようとしています。支援をしていた人たちはそんな声ではなく、元気に復興したこのことを聞きたいのです。分かっていただけますよね。お願いですが6年間の苦しみを訴えるのではなく、「もう大丈夫です。」「私たちはこんなに元気復興が出来ました。」そんな皆様の笑顔が有って喜びとなります。国民の税金が惜しげもなく投入されていきます。それよりもっと支援してほしいと言われたら、いい加減にしろと言うと思います。納税者の中にはとっても苦しい中で頑張っている若い夫婦達もいます。このことを知って欲しいのです。福島もいつまでそこにいて何をしようとしているのか私には全く理解できません。いい加減に見切りを付けて新天地で頑張って欲しいのです。福島での復興なんてどう考えてもその姿はありません。国民の税金をどこまで投入させたら気がすむのですか。本当にいい加減にしてほしいものです。
震災を忘れないように後世に伝えていきたい。そんな声もありますが、今何が言いたいのか、そういっている人はあにたの町が400年前にそれ以上の大震災に襲われたのか、その時被災者がどのようにして乗り越えてきたかがまった分かっていないのではないですか。自分たちが一番大変、そんなこと考えていたらいつまでたって復興はどころか、復旧も出来ないと私は断言します。

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by fujitakikaku | 2017-03-11 07:00 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の大災害から学ぶ@阪神淡路大震災と東日本大震災を経験し、そして学んだこと

大災害から学んだことは何ですか?そう聞かれることが有ります。さてなんなのだろうか・・・・。しばらく考えてみるとその場面場面で答えが変わる。ということはいろんなことを学んだということです。そして、その災害を恨むよりも感謝する次第です。
その訳は・・・今がとっても幸せだからである。その幸せはどこから来るのか、、、答えが沢山あるだからだと思います。
その答えの一つをご紹介します。
大震災のその日は壊れた我が家を見てこれからどうしたらいいのだろう。そのことが頭を横切りました。でも家族は生きている。助かったのだという嬉しさ、壊れた家は私達家族を守ってくれたんだと思うとこのお家を買ってここで住んでいたことに感謝しました。そして、家族と相談してまた同じ建設会社にお願いして家を同じ場所に建てました。感謝の気持ちでいっぱいでした。その新しいお家は私達家族に沢山の幸せをもたらしてくれています。娘は結婚した、息子もお嫁さんと一緒になりそれぞれ素敵な家庭を作った。孫が出来、私の処へ遊びに来てくれる、その孫たちは生きることに対する喜びをその様子から表してくれる。新しい家には一年を通して花の咲かない日はない、これから春なりますが花の優しさ、美しさは生きている喜びを教えてくれます。何でもないような日々の生活がとっても幸せな日々として感謝する次第です。あえて言えば一生懸命に家族を守ってきました。その答えがここにあるとしたら生まれてきたことに感謝する次第です。頑張る親を見て子供達も努力したのだと思います。

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by fujitakikaku | 2017-03-09 07:00 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
災害はあるものとして人生を生きる、そのためには心の備えが必要

震災、災害は日本に居たら必ず受けるものとして日々゛を送る必要があります。だから神代の昔から「震災は忘れたころにやって来る。」という諺が有り教えられています。震災を受ける時に最小限の被害となるように日頃から備えをしなさいと言うことでしょう。
私は阪神淡路大震災と東日本大震災を二度経験しましたがこの経験から言えることは震災は出来たら避けたい、でも受けてしまったものは仕方がない。震災は何を私達に教えたか、人間苦境に立った時に最大限の能力を発揮するものである。頭を使い行動する。このことがその後の人生に大きく役に立つということです。頭を使い、行動をとる、・・・これは神様が試練の中から教えてくれるものである。何時までも国の保護下にあるということは国民から生活の面倒を見てもらっているということでなさけないことである。市町村が自らの力で克服すべき問題である。
子供達にも家庭がです。素晴らしい家庭を作っている。無孫も遊びに来てくれる。あの時に懸命に癌はぜったことが無駄ではナカッということに気が付く、子供達も頑張った。あの当時庭に咲いたパンジーの花は今年もいっぱいに花びらを広げそうだ。孫がバスケットに花を摘んで入れていた。私にプレゼントとするという。こんなに優しい子供になっている。震災が教えてくれた贈り物のように思えてなりません。

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雪夏至が綺麗です。(気仙沼プラザホテルにて…)
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宝塚の楽しいラッピングの入った阪急電車・・・・・・

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by fujitakikaku | 2017-03-08 07:00 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)

藤田八束の震災の教え@阪神淡路大震災、東日大震災の二度の経験が教えてくれたことに感謝

阪神淡路大震災、東日大震災の二度の大震災を経験しましたがお陰様でまだ生きています。この2度の震災で経験して感じ取ったことは「人は助け合って生きている。」「一人でもないし、家族だけでもない」ということでした。勿論家族は何よりの支えであることには違いはありません。

そして、生きているだけ、長く生きているだけより楽しいことが沢山あるということです。歳を重ねることが出来ることの素晴らしさには更に感謝できる気持ちがより強くなっていくように思います。たかが電車に間に合いそうでなかったのに、ちょっと電車が遅れて間に合ったのに、なんか運転手さんがわざと私の為に遅れさせてくれたと思ったりして感謝したりするのです。おかしいですよね。震災で生き抜いたことがこんなに素晴らしい日々に逢えていると思うと助けていただいた人達に本当に感謝します。気仙沼では家族との連絡が10日間取れませんでした。家族が心配していたことは帰ってはじめてその深さを知りました。感謝しています。私の人生の宝ものになっています。


美味しいと思えるのも幸せだからだと思います。皆様には本当に感謝しています。明日も良い日だと思います。

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久し振りに伊藤君にお逢いでき、楽しい時間を頂きました。ありがとうございました。
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鉄道を大切にしたい、函館の観光が活気づいているようです。新幹線効果だと言っていました。これも一つの例にすぎませんが北海道の鉄道をもっと真剣に有効に考えるべきです。そうした人材を北海道のトップにすべきです。このままだと廃線が続き北海道は陸の琴となりますよ。北海道の良さの分かる人が必要です。
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by fujitakikaku | 2016-12-30 07:00 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の気仙沼への思い:頑張れ気仙沼!!三陸の復興は気仙沼がひっぱれ!世界に通じる気仙沼ブランド

昨年の9月に仙台。石巻。気仙沼を訪問しました。その時の写真です。
仙石線はまだ完全に復活していませんでしたがそれでも石ノ森章太郎先生の漫画が描かれた電車は一生懸命に走っていました。この明るいキャラがとっても印象的で「頑張れ東北、頑張れ宮城!!」声援を送っていました。
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広く広がるお米の畑、お爺ちゃんが自転車で一本の道を自転車に乗っておられるのがとっても印象的でした。
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東北新幹線の復旧は早かったのですが、この新幹線が通っているということは震災からの復興に大きなカギとなると思います。
本日、東京と金沢が新幹線で開通しました。負けないでほしい、金沢に無い歴史の深さはもっと大切にして進むべきです。歴史の深さ、温泉、美味しい食べ物、暖かい地域性は全国屈指の土地柄、これを生かさずに何を生かすのですか、頑張って進みましょう。産業の育成は水産業ですよ。
by fujitakikaku | 2015-03-15 08:38 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の日記:がんばれ気仙沼!!一日も早い復興を祈っています

人は幾度かの大災難に絶対に遭う、そんなものだ・・と私は教えられてきました。私は九州熊本の出身です。学生時代は熊本で過ごしましたが毎年台風がやってきて川が氾濫し大きな被害があっちこっちで起こっていました。今では護岸工事が進み、災害は少なくなりました。多くの人の命もなくなりました。
親たちは逃げるところを教えてくれたものです。とにかく逃げること。多くは学校へ避難しました。みんなでいると心強いものでした。災難に遭ったときどのようにして生き延びるか、命のこともあるが、生活のことはそれ以上に大切だと教えられました。生きていても楽しくなかったら意味がない。そのために日頃から頑張っておけ、これが父が私に教えてくれた教訓であったと今でも心に留めています。

長崎も水害の多い街です。原爆が投下され、台風水害にはみわれる長崎は懸命に頑張っています。その頑張りの輝きは百万ドルの夜景よりも光り輝いているように私には見えます。素晴らしい街になっています。
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長崎は丁度「長崎ランタンフエステイパル」の真っ最中。大いに盛り上がっていました。
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見事な人形灯篭が飾られ長崎の街全体が光に埋め尽くされていました。
by fujitakikaku | 2015-03-12 11:47 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
大震災から半年・・・・・
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3月11日のあの震災から半年が過ぎようとしています。
復興どころか復旧すらも遅々として進まない状況に焦りすら感じ、被災地の皆様を心配しています。復旧が遅いことが心配です。これから先のことをさらには心配しています。
・国の支援範囲を早く示す。
・財源と工程表
・市町村に対する人的支援の強化
以上を昨日の夜のニュース解説で説明されていました。また、多くの考えが出ていますが、私が一貫して考えるのは次のことです。実現可能なのは次のことだと思っています。
誰のためでもない自分たちの生活を守るために、安定した生活を作り上げるためにどうしたらいいのか、そのためにはこの街はどんな姿に再建されなければならないのか。ということ。
進めるに当たり段階的にどのようなステップをとり、目標に達するかの工程表を作成する。
そして、その費用の概算を作り上げる。
すべては自分のためであり、自分らのために前に進むという計画を立てることです。
国がやってくれるだろう。ボランティアが何か手伝ってくれるだろうではなく、自分たちでやりぬくという計画書が必要です。そうすることでその実行をするのに何が足らないのか、どれくらいの費用が必要なのかが明確にできます。1年後、2年後・・・・将来の展望が、目標が、姿が明確になります。そして、実現可能な街づくり計画書を作り上げます。
この街づくり復興計画書を作成するのに知識ある人に必要に応じて知恵を借りることだと思います。
資金が何故どのくらい足らないのかも明確にできます。
とにかく自分たちの街づくり復興計画書が必要です。国に頼らない、行政に頼らない。
そして、その実行に妨げとなる法律があればそれを改善しもらう、それをやってくれるのが行政です。義援金を確保し、将来の街づくりに利用する。このことで気仙沼に生きようとする真の人たちの復興が現実になってきます。
小さな町です。被災地東日本全体は広いのですが、わが町だけを考えてみてください。可能性のある復興計画書の先に街が見えてきませんか。
このことをあの3月11日から言い続けてきました。もし、私にできることがありましたら声をかけてください。もし、望まれるなら復興へのお手伝いはしたいと思っています。
水産資源を例えば石油資源と考えて、必要とするところに流通する。水産業では、そこには加工場の復興が絶対的条件です。水産業が復活することですべての産業が息を吹き返します。個々の復興はありません。あってもその時だけです。いずれ人はいなくなり、いつしか福祉だけの破綻した街に近くなると思います。クラスター形成を忘れてはなりません。気仙沼は水産業です。
とにかく知恵を使い、行動力を使い、・・・・前に強力に進むべき頑張らなければなりません。つらいけど頑張るしかないと思います。
みなさんがお年寄りなら、病人なら、身体に気を付けて、決して頑張らないでください。と言いたいところですが、そんなことではいずれは誰もサポートしなくなる可能性だってあります。街全体での復興計画を実現に向けてください。
エコタウン、防災の街など間違っても作らないで欲しいと思っています。また、同じ津波が来たら逃げましょう。それでいいではないですか。100%安全なところはこの国にはないと思います。私もこれまでに沢山のことを書いてきましたが、この考えは3月から4月にかけて書いたものと何ら変わっていません。もう一度読んでいただくと幸いです。
自分で住むところを行政に指示されるのは嫌です。自分の人生は自分たちで決めさせてください。そんな気持ちです。

気仙沼の皆様、頑張りましょう。団結して、英知を振り絞って、そして行動しましょう!!
by fujitakikaku | 2011-09-11 22:22 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
一日も早い東日本大震災の被災地の皆様の復興を心より願っています。
3月11日のあの東日本大震災の時、仕事の関係で気仙沼にいました。気仙沼の水産加工業者の方と地域HACCPの推進に取り組んでおり、定期査察の日でした。各工場を訪問し、社員の皆様、作業に従事する皆様にお会いするのは私の喜びの日でもありました。安全で安心できる食品を気仙沼から・・・そんな思いをこめて品質保持、衛生管理の基準を設定して品質保証にあたってきました。
今回の大震災はこの取り組みの会社、工場を全部しかも全壊に近い状態で破壊しました。それは一瞬の地震と大津波がもたらした災いでした。私自身は避難場所に誘導されて命だけは助けてもらうことができましたが、今思えば奇跡としか考えられません。
こうしてその日を振り返るうちに16年前のことも思い出していました。16年前、阪神淡路大震災をも被災しました。この時も家族4人が怪我も無く命を失うこともなく、大災害を乗り越えてきました。その時長女は大学生、長男は高校生でした。その子供たちから3人の孫が私にはできました。「あの時生きてて本当に良かったね。」家内がそういってくれました。生きていることの素晴らしさ、幸福を今ほどに喜びに感じたことがないほどの大きな幸福を感じております。
しかし、お世話になってきました被災地、気仙沼は壊滅状態にあります。どのように復興するのかその復興計画書もないことに非常な不安を持っています。幸いにも気仙沼を毎月訪問し気仙沼の人たちにお会いする機会があります。町の様子が心配というより、これからの気仙沼の姿が心配です。瓦礫の撤去も遅々として進まず、復興の姿は勿論、復旧の遅さは私たちが経験した阪神淡路大震災とは比べ物にならないくらいの遅さです。   
気仙沼の復興に必要なことは間違いなく市民の命を守ることです。しかし、この守り方に問題があります。気仙沼の命は水産業だと思います。水産業に関連した会社が気仙沼経済の約70%を占めています。この水産業の復興なくして気仙沼はないと私は見ています。個人の生活もこれらの関連企業復興なくしては無いと思います。会社が復興できないということは気仙沼の先にあるものは過疎化し、老人と年金受給者、失業保険者、公務員だけが何とか暮らしているそんな町に成り下がっていき、結果として国民の大きな負担になっていくと考えています。気仙沼がそうなら石巻も、宮古も、大船渡も、陸前高田も、釜石も・・・・、みな同じです。最終的には国民の扶養者と化していくことが心配です。そうならないことを切望しています。
それには大切なことは企業を守ることです。企業を守ることが雇用を守り、そして気仙沼を守り、そして自立していくことに繋がります。最終的には目的でもあった弱者の生活を・・・年金制度を守ることへと繋ります。
義援金の使い方もさしあたっての支援をと言っていますが、さしあたっての生活の支援は必要ないと思います。1年後、3年後に確固とした雇用の場が保証されれば市民は安心できます。貯金を切りくずしてでも頑張ると思います。先の見通しをつけることを市民は希望しているのです。 
被災した土地の利用についても9月まで触れません。勝手に瓦礫を撤去して加工場すらも建てることができない状態です。会社の資金繰りは待ってくれません。取引先の商品についても途絶えたのでは再開は極めて困難です。それが日本経済です。
私が被災したとき家屋が破壊しましたので建て替えましたが、そのとき決意したのは命を助けてくれたこの地とこの家に感謝し、この同じ場所に同じ大工さんに建て替えてもらおうと家族全員で決めました。「同じものが来た時には命を落とすかもしれないが、その時は定めだと諦めよう。とにかくここで再建しよう」と決意しました。自分の人生、命はすべて自らの決意で決めたいものです。それが気仙沼、被災地ではできないようです。被災した土地の瓦礫の撤去、そこへの建物の建設に許可が出ないのです。9月まで待てというのです。会社経営は待ってくれません。リスクはどんどん高くなっていきます。こうした苦難を国は直接経営者たちから話を、計画を聞いて、検討の上早く方向性を決めるべきだと思います。自分のリスクで自分の土地に工場を建てるそのことをなぜ許可しないのか理解ができません。
今回は地震と津波ですが、どこにいても災害の種類が違えリスクは同じです。高台が安全だと誰が保証できますか、大雨、がけ崩れ、落雷、台風、地震・・・いろんな災いがあり、完璧な回避などできるはずがありません。国の進める復興基本法はもつと現地当事者から構成した復興委員会が決めていくべきだと思います。現地も復興計画を自らの手で立てるべきです。特に有識者とは学者ではなく、その土地の生活を知り尽くした人であり、それを支えるのが知識人、有識者だと思います。公的な有識者ではなく、民間の会社経営者等の有識者が含まれるべきです。市民の構想が実現できるようにサポートするのが県、市などの公的機関であり、円滑に進めることができるように側面からサポートする体制が国側にお願いしたいところです。現地としては国に大きな支援を受けずして立ち上がれないと思います。こうした現状を十分に配慮いただきまして、復興計画を推進していただきたいと思います。
同窓生の皆様には義援金の送り方にしましても目的を明確にして、直接市町村、会社、団体、個人へお届け願えればと思います。市町村が責任を持つて市民の総意に基づいて使ってくれると思います。使い方も明確に示してくれると思います。使い方も明確にできないところへは義援金は送らないで欲しいと思います。使途不明は絶対にだめです。
現地は復興に向けて懸命でございますが、足らないのは資金もありますが、英知そして行動力だと私は考えています。
諸先輩へのお願いがあります。これから復興に向けて現地が必要とするときお知恵を、そのお持ちの能力をお貸しいただければ幸いでございます。引き続きご支援のほど今後ともよろしくお願い申し上げます。
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ここ気仙沼は、大震災前は風光明媚なとても綺麗な港町でした。

悪夢は突然、一瞬の出来事でした。地獄絵図でした。こんな世界は嘘だと信じることができませんでした。
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これを現実として受けとめて前に進まなければなれません。頑張らなくては絶対に前に進めません。

本文は鹿児島大学水産学部同窓会誌「親潮」に寄稿したものです。
by fujitakikaku | 2011-08-03 09:14 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
花達が元気をくれました・・・・
沢山の花の写真をご紹介しています。この花たちは私の家の近くの花たちです。花の好きな方が可愛がっているのでしょう。とても生き生きとしていてキラキラと輝いています。色もそれぞれが特徴ある色を出しています。どの花も個性的でとても素敵です。花の好きな人に可愛がられ、一生懸命に咲く花、それを見て心癒される人・・・・花からもらう元気が私は好きです。皆さんに身近に見ていただいて少しでも心を休めていただければと思っています。又、私も花を植えてみようかな・・・。そんな気持ちになられたら私はとても嬉しいです。

ゼラニュウムがこんな調和の仕方をしています。なんかおしゃれですよね。
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この花雑草ですかね。とても可愛いので気になります。誰も面倒見てないようなんですけど・・・。強く生きています。たくましいです。
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このバラの花びら、綺麗過ぎると思いませんか、・・・貴婦人のようです。小さな鉢植えでした。まだ植えてから間もないようです。
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ショウブの花はいいですね。この青い花がたまりません。この花は群生することで際立ちます。皆で頑張っています。
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野いちごの花です。川辺一面に咲いていました。白い花はとても綺麗です。
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この花の名前なんというのでしょうか。それなりに可愛くて気になっています。どなたか名前知っておられましたら教えてください。
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家庭菜園での写真ですが、苺がとても可愛かったですよ。
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柿の実が一杯ついています。この季節に実がつくのですね。秋が楽しみです。
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ブドウの木にも小さな実がついていました。とても可愛い感じがしました。
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スイトピーはいろんな色の花で一杯になりますが、これが不思議でとても可愛いいですよね。
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これから梅雨になって行きます。じめじめと嫌な季節になりますが、そんな時紫陽花は心を晴れやかにしてくれます。綺麗に咲きましたらご紹介します。楽しみに待っていてください。きっと綺麗に咲きますから。
by fujitakikaku | 2011-05-25 23:14 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)
復旧、そして復興にあたり、この花達から沢山の勇気と元気を頂きました。
私達は花達と一緒に復興に向かいました。16年前のあの大震災の時、なにをどのようにしていいのか本当に分かりませんでした。そのとき神戸のお花屋さんがパンジーの花を三宮の駅近くに鉢植えを置きました。元気に育つその花を見て皆が元気を出して復興へと向かうことを誓い始めました。そして、私達は花が大好きになって行きました。春のこの季節は町は花で一杯になります。私の家、そして近所の花をご紹介します。皆さんが少しでも元気になっていただけたらと思っています。

仙台の今です。杜の都らしく並木は新緑に溢れていました。定禅寺通りです。ここは震災の影響はなかったように感じられるほどでした。
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一の関から花泉、気仙沼までの山々は沢山の花が咲いていました。中でも菜の花は「黄色のじゅうたん」のようでした。
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これからご紹介する花たちは私の家の近くの花たちです。今です。
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みんな一生懸命に咲いています。
by fujitakikaku | 2011-05-25 23:13 | 東北大震災・気仙沼 | Trackback | Comments(0)

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by fujitakikaku