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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

カテゴリ:青春の思い出・我が故郷九州熊本( 21 )

阿蘇藤田八束の鉄道写真@心のふるさと熊本は復興に向かって賢明です、火の国熊本その象徴阿蘇は美しい、熊本城は復興に向かう


熊本は私の故郷です。どんな時も熊本で育てられたことは忘れていないつもりです。熊本に入るとき飛行機から見る阿蘇の姿は何時も歓迎してくれているように思います。そして「頑張っているようだね」そんな声が聞こえてくるから不思議です。今日も熊本にさしかかる上空で見事な阿蘇、そして五岳が私の前に広がりました。

厳しい山が猫岳と呼ばれています。
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白い噴煙を上げていのが中岳です。加工も見えてとっても綺麗です。阿蘇五岳に広がる牧草地帯は芝の様にも見えます。見事な緑のじゅうたんです。
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ようく見ると米塚が見えますがこの山には神話が残されています。飢餓に襲われたその年農民たちは困り果てました。そんな時神様はこの山の形を御櫃から米を取り出して農民たちに与えたと聞いています。神様が飢饉から農民を救ったという神話が有ります。神を信じ敬った熊本の農民の窮地を救ったという神話話です。
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熊本はミカン未の産地でもあります。秋には黄色い山に変身します。デコポンの産地でもあります。
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熊本には白川、黒川、緑川と大きな川が有ります。この川は恵みを提供してくれますが大きな水害となって暴れても来ました。それでも県民はこの豊かな水に感謝し、自らの努力に努め今日の熊本を築いてきました。きっと復興し素敵な熊本が出来ると思います。それが復興です。楽しみにしています。又応援しています。
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貨物列車の操作場が見えます。・・・・・・・・・・・・・
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ここからは熊本城が目の前に見えます。熊本城は元気に復興に向かっています。復興に向かう姿がとっても魅力的です。・・・・・
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路面電車を地元の人はたくさん利用しています。路面電車は観光客にとっても人気です。


by fujitakikaku | 2019-07-19 08:51 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の鉄道写真@子供たちの明日に輝きが欲しい、目標があった幼かったあの頃、近所のお兄ちゃんが先生だった

時間が出来ると夙川公園でいつも鉄道写真を撮っています。ここに来ると子供たちに逢えるのも楽しみです。子供達を見ていると自分が同じ年の頃のことを思い出す。
近所には男の子が多かったので遊ぶことには不満はなかった。でも私は一番小さく、みんな年上のお兄ちゃんだったので遊びの内容はお兄ちゃんたちが全て決め、それに従って遊んでもらうという毎日でした。お兄ちゃんたちに付いていけないと遊んでもらえないので必死に物事を覚えたものでした。たまには勉強も教えてもらった。勉強している暇がないほどに遊んでいた。そんなことで元気な身体できたのではないだろうか。お陰様で大人になってからも殆ど病気らしい病気はしたことはない。元気に頑張れているのも子供の頃の環境のおかげと感謝しています。いつもこうしたい、こうなりたいと目標を持っていたように思います。

貨物列車のコンテナが面白い。きっとコンテはこれから重要な宣伝用になると思う。
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このコンテナに子供たちが絵を描いてくれたら、灯りに照らされて銀河鉄道が走ったら。これは又宣伝の媒体になると思います。
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沿道を綺麗な公園にしたり、駅舎をお洒落にしたり、それは観光資源として重要なものになって行くと思います。それが沿線を作り上げていったらこれは素晴らしい町になって行くと思います。
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平和で幸せな国の子供達には笑顔があります。子供たちの表情がその町の様子を表しています。
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元気な子供たちに素晴らしい環境を提供すること。子供の成長が最も大切な国の財産だと思います。大事にしましょう。




by fujitakikaku | 2019-07-03 07:27 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の鉄道は楽しい@素敵な阪急電車、素晴らしい人生に素敵な思い出を作る・・・人生の楽しみ方

私は虐待、いじめを知らない。今子供たちがこうした事件に巻き込まれているようですね。私の子供の頃の思い出は、近所のお兄ちゃんたちに遊んでもらったり、学校では先生に可愛がられ、勉強はあまりできなかったが学校ほどにこんなに楽しい所はなかった。最高だった。授業が終わっても先生とみんなで何をしながら学校にいたものだ。
物事が好きになるということはどんなことなんでしょうかね。私は思います。気が付いてみるとそこには素敵な人との出会いがあったように思います。そんな素晴らしい環境の中で育てらりれたことが今日に繋がっいるのだと思います。何か良いことがあると周りを見てみることにしています。・・・そうなんです、必ずそこには素敵な人がいいることに気が付きます。素敵な仲間に囲まれ自分は守られていることを知らされます。

私の家の近くには阪急電車が走っています。最近はこんなに可愛いラッピングされた電車が走ります。電車大好きな私を喜ばせようと阪急電車は考えてくれたのだと・・・・こんなことを勝手に考えている自分は幸せだと思ったりします。
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飛行機も良く使いますが、モノレールに乗って伊丹空港へ・・・移動の手段も楽しくしてくれるこのモノレールは自分のためにこのガンバのラッピングをしてくれたと勝手に考えて嬉しくなっています。幸せな私です。
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ラクビーの世界大会が真近です。このラッピングを見ていたら私に体に気を付けて頑張れと言っているように思ってきてしまいました。すいません。勝手すですよね。
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ミッキーマウスもなんか言ってくれているように思ったりします。意外と自分の近くでも楽しいことが起こっていますよね。それに気が付くのか、興味が持てているかはとっても人生を楽しくするのに重要なことだと思います。
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飛行機から下を見ると田んぼに稲が植えられていました。広い仙台平野に緑の絨毯が出来るのかと思うと又この上空を飛ぶ日が楽しみになって来ました。
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東仙台駅で列車を待っていました。新しい貨物列車がピカピカでやってきました。私に見て欲しいと言わんばっかりにしゃなりしゃなりと私の前をゆっくりと走って行きました。
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こっちを振り返ったようにも見えました。「ちゃんと見てる、藤田君」そういっているようにもみえました。実に楽しいではないですか。
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美味しいホヤを頂きました。帰りに下を見ると美しい海が広がっていました。美しい自然と美味しい海の幸…すごく納得させられました。自然に感謝です。
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物事を楽しく考えられることほどに幸せを感じます。家族を始め周りの人たちに感謝しています。これからもきっとい楽しい人生だと思います。

by fujitakikaku | 2019-06-18 07:35 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の鉄道写真@故郷熊本を訪ねて、田原坂の戦いを改めて知る・・・熊本大学大学サイクリング部の若者たちに元気を頂きました

同窓会をしてくれるという知らせを受け、皆に会いに行きました。熊本空港までは飛行機で行き、そこから私の故郷荒尾に向かうことになりましたが親友古城兢君が飛行場まで来てくれました。
久しぶりの故郷、何かこみ上げるものが有りました。ここで育ったんだなあ。改めて感慨深いものが有りした。
途中「寄りたいところはないか」と言われ、そうだ「田原坂へ行って見よう」ということになりました。明治維新西南の役で激しい戦いの有ったところで。昨年大河ドラマ西郷どんの最後の場所となったところです。
新たに資料館が出来ていてその深くを知ることが出来ました。資料の内容は後日アップしたいと思います。日本赤十字の発祥の地がここ田原坂にあったとは初めて知り、県人として知らなかったことに恥ずかしい気持ちになりました。歴史は知らなければならないと思います。特に郷土の歴史は重要な時代だと思います。
田原坂資料館に若者たちの集団を見つけ、声をかけると実に快く話をしてくれました。熊本大学の学生さんたちでサイクリングクラブだという。みんなのはじける笑顔が素晴らしく、日本を背負っていく若者たちのたくましさを見せてくれました。学生さんたちはそのほとんどが熊本県外からで、この中で一人だけが県内だったのにはびっくりしました。友人の古城君は小学校、中学校の先生をしていましたが、若者たちと二人の老人は大いに盛り上がりました。ありがとう皆さん、大いに期待していますよ。
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同窓会ではお世話になりました。楽し過ぎました。また会いましょう。(甲斐ちゃん、兢君ありがとう。)

熊本大学サイクリングクラブの皆さんと記念の写真を撮りました。ありがとう。・・・・
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皆さんの笑顔は最高です!! 若い人たちのエネルギーは凄いですね。こうして一緒にいるだけで元気を感じます。(兢君にる撮影・・・・)
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菜の花、ハナミズキ、ツツジがとっても綺麗な田原坂公園です。
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素晴らし快晴の日でした。若者たちに沢山の幸せがありますように心より祈っています。最高の日になりました。明治維新では多くの若者たちがここ田原坂で命を亡くしています。こんな悲しいことはありません。戦い、戦争の無い国であって欲しいものです。

by fujitakikaku | 2019-05-04 06:54 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の人生論@人生を振り返って若者にアドバイス・・・・楽しいことを見つける方法?

楽しい人生を送るようにこの世に人は生まれたと思います。例え最悪の環境に生まれたとしてもそこを脱出しようと思えばこの豊かな日本いろんな方法があります。先ずは行き詰まったら先生に相談したらどうだろう。担任の先生が頼りなかったら、教頭先生、校長先生といろんな先生に相談する。先生は子供たちの成長を楽しみにしているものだ。キット何かを掴めると思う。私は先生に恵まれた。先生の温かさを今も忘れない。相談相手として先生は最高だ。貴方の周りを良く見つめることが大切です。

今日は仕事に行く途中で高速道路の売店に寄った。楽しいお人形に逢いました。つまらないと思えばつまらないかもしれませんが、一つ一つをよく見ると丁寧に作られ、思考が凝らされているのが分かります。
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巡り合うその時も結構楽しいものに会っていると思います。興味なければただのガラクタかもしけません。私にはとっても楽しませてくれる素敵なグッズに見えました。子どもたちも喜びそうです。

by fujitakikaku | 2019-04-26 07:14 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の勝手な持論@これまでの人生を振り返りながら、これからの日々を考えてみました①

決して自分の意思でこの世に生まれてきたわけでもない。親がいて自分がいる。なんでこの世にいてこんなに辛い悲しい思いをするんだろう。そう考えた時は親を怨むかもしれません。しかし、こんなに楽しい日々があって、生きていることに幸せを感じます。両親のおかげです。こんなケースもあります。
親は親でもえらい違いです。はたして親のせいか、親のおかげなのか皆さんはどの様な今日ですか。
良くないのは自分の努力が足らないから、頑張ってみよう。幸せだから親に感謝し、周りにも感謝して日々を大切にしよう。そう考えられたら自分も幸せになるように思います。辛い時は周りを見て下さい。大切な家族、友人、恩師、先輩、後輩たちいろんな人の中で暮らしていることに気付くといいと思います。そんな人と話をしていると明日を楽しく出来る行動のヒントが出来てきます。それからは自分で頑張る。頑張らないと幸せは来ないことだけははっきりしています。楽して幸せになりたい・・・、それは無理です。
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by fujitakikaku | 2019-03-17 07:49 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の鉄道写真@人に出会う歓び、人を知る慶び、人と話が出来る楽しさ・・・人と人が会話が出来る素晴らしさ

熊本駅前に泊まり早朝に散歩をしました。そして、熊本駅前の電停のベンチに腰を掛けて道行く人たちを見ていました。駅前は早朝から沢山の人です。ほとんどがお勤めの人ですが中には学生さん、観光客の方たちで電停は長蛇の列が続きます。電車はひっきりなしに来ますがそれでも沢山の人が並びます。
そんな様子を見ていたら・・・私の側に同じくらいのご年配の男の方が「旦那さんの横に座ってよかですか。」と声をかけてこられました。お顔を拝見するととっても笑顔の素敵なお爺ちゃんていう感じの人でした。私の横に座ると「旦那さんどこから来られたの。」「熊本の人じゃなかごたっですね。」「はい、」「兵庫県分かります。兵庫県西宮市から来ました。」・・・・そんなことから始まって結構いろんな話をしました。
「ところでこぎゃんおおか人が並ぶと嫌ばい。」「わしは今から友達と会う約束をしとるけん。」「この列の一番前に今から行って電車に乗るばい」私は「旦那さんそれはやめた方が良い。」止めました。じょうだんじょうだんと言って絵顔を見せました。
「昔はそんなこと平気でやっていたよ。」「もめたら、文句あるかと一寸肩の所を見せたら文句言われんかったよ。」実は背中に絵が入っているというのです。昔は無茶しましてね。背中に刀傷もありますたい。「死に損なったことは何回あるだろうか。」そんな話をしてくれました。「最近でも背中の絵を入れたことに後悔しています。」「裸になるとこの絵も元気が無くって、なんかみじめな感じですばい。」・・・そろそろ時間も無くなって来たんで電車に乗ります。そう言って最後尾に並び私に手を振ってくれました。友達に逢うという、きっと楽しく話の出来る仲間が待っているのだろうと思います。その姿が今は幸せです・・と言う感じが伺えました。いつまでもお元気でいてください。そんな気持ちで私も手を振りました。又、乗る間際にも笑顔で手を振ってくれました。
色々あっても結局今が幸せな人にはその姿でよくわかるような気がします。今日は朝からとってもいい気分になりました。早起きはしてみるものでする。人との出会いはとっても素晴らしいことです。ありがたく思っています。
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by fujitakikaku | 2018-09-05 06:59 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
日本大学アメリカンフットボールで考えさせられました・・・学生は勉学が基本、クラブ活動は何か、鉄道写真を見て頑張れ

大学に何で行っているのか、ずいぶん変わったものだと思います。私は大学は自分の知識を広がるために、教養を上げるために、社会で生きていくために勉強をしに行くところと考えていましたし、今も考えは同じです。クラブ活動はその次以下に置いていました。
身体を鍛えるならスポーツジムに行けばいい。プロの選手になっても確実な収入を得るのはごく一部の人、そう考えていくと勉強しておいた方が確実だ。しかも定年まで安心である。だから甲子園に出て、優勝し、プロの選手になった人を見て別にそれが羨ましいこともない。事実、甲子園で活躍し、アメリカにわたっても若くしてその道を亡くしている人は山といる。そんなこと考えていたら今回のフットボールの事件は情けない。勉強をして欲しい、そのために学校へ行っている。試合に負けても仲間を作り、オモシロさ、楽しさを共有できる仲間が増えていく、そう考えると部活もいいと思いますが。大学へ行くのは自分を磨くためであって、・・・と考えた方が賢くありませんか。学校の生き方がおかしくなっています。大学には行かずにテレビにぱっり出ている先生を見ると悲しくなる。大学もそんな先生を使って営業している。なんかおかしい大学が多くなっていませんか。それが今の時代なんでしょうか。
若者よ勉強しなさい、社会に出ても同じだと思います。素晴らしい先生のもとで勉強することです。そうするとクラブ活動も充実しますヨ。楽しさ倍増です。大学へ行って良かったと思える人生を送れます。この私がそうですから。
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by fujitakikaku | 2018-06-04 07:00 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の幸福論@老人の話は聞いて損はしないもの、その②・・・経験は年の数だけある、鉄道写真


私が残留孤児にならなかったもっと大切な理由が有ります。満州で終戦となり、日本人の生活は一変しました。着の身着のままで満州を脱出、やっとの思いで日本へ帰り着いたと聞いています。その間中国人が日本の子供を預かると言って沢山の子供が預けられたという。そんな中で中国人が今帰ってはだめだと言って時間稼ぎをしてくれたと言う。その間面倒を見てくれたそうだ。中国の人は命の恩人だと生前父は言っていた。父は満州鉄道で勤め宮司としても神事に携わっていたようだ。その当時の写真もある。大勢の中で中央で白装束に神主の出で立ち。実にかっこいい。

その父が言っていた、人に何かできるということは幸せなことだ。なかなかそうは出来ないものだ。出来る時に人のために出来ることはしてあげるべきだ。と言っていた。中国の人たちに自分が出来ることを一生懸命にやり、喜んでもらえていたようだ。だから窮地の私達を中国の人たちが守ってくれたと思います。父はこんな素晴らしい生き方を教えてくれました。人にできるということは日頃から力をつけておかないといけない。勉強もしておくのも当然だ、ある程度生活の余裕もないといけない。その考えは自分が一人前以上でないとできないことで自分の為にもなっていると思います。

これも目標の一つになると思います。そんなことが出来る人間になるという目標です。より具体的になるほど到達の道が描かれてくると思います。


熊本電鉄の写真です。「かえるくん」てすがこの姿もみられなくなってしまいました。菜の花の咲いた鉄道を走っている写真です。懐かしく思い出にしていました。

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熊本駅であったあそボーイです。クロちゃんはそのマスコットです。熊本が震災に遭い、あそへはいけません。鉄橋が崩壊してしまいました。早く阿蘇を走って欲しいと思います。その日をまっています。阿蘇は最高に素晴らしいところです。
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鹿児島駅での写真です。東京まで走りますよ。・・・・・元気いっぱいにはしります。出発の時の写真です。・・・・
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津軽海峡線をはしる貨物列車金太郎の写真です。とっても素晴らしい写真です。・・・・・・


by fujitakikaku | 2018-04-04 07:00 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)
藤田八束の鉄道写真@子供教育、子供の育て方・・・親の悩み、子供の幸せ・その⑪

鹿児島大学には大学院が無かった。将来鹿児島大学にも大学院を創設したいと柿元先生はお話になっておられました。そのためにも君が大学院に行ってくれることは大きな意味がある。そう言われた、役に立てるんですか、あんまり状況を読み取れませんでしたが頑張るぞと闘志が湧いてきた。
卒論の試験をしながら大学院の試験突破をめざしました。そんな時、助教授の日高先生が学生達を家に呼んでいただき、食事会を開いてくれた。その時私に「柿元先生に聞いた、大学院に行きたいんだって、どこの大学院を目指しているのだ」とお聞きなられました。その時は京都大学を考えていました。日高先生は私たちの先輩でもあり、国内留学を北海道大学水産学部でされ、水産学博士号を授与されていました。そんな中で行くのなら北海道大学がいい、そこには素晴らしい先生がいらっしゃる。私は北海道大学を進める。そう言われました。柿元先生も北海道大学の先生されていたとも聞いていました。柿元先生も「そうだね、日高先生はあの大学で素晴らしい研究をして学位をもらった。良いかもしれない。」「私も賛成だ。」これで私は決心をした。受験をしに、函館へと行くことになった。
大阪から夜行列車「日本海」乗って青森へ、青森に近づくころ夜が明けた、車窓から見た光景に驚いた。見渡す限りのリンゴ園だ、真赤なりんごがたわわになっていた。朝日を浴びてキラキラとかがいていた。リンゴが木にこんなにしてなるんだと生まれて初めて見る美しい光景でした。この光景はいまだに鮮明に覚えています。
りんご、朝露、朝日、青空、白い雲、りんご園・・・美しい光景でした。なんか合格するような予感すらしました。受験は先輩が面倒を見てくれました。関信夫先生です。後の大恩人になります。
関先生の下宿に部屋を借り泊まることにした。又ここには大学院生が20人ほど下宿しており、夜になると大広間に集まり談義である。この日は関先生の後輩だということで私を歓迎してくれ、ジンギスカン料理を用意していただきました。初めて食べるマトンの焼き肉は本当に美味しいものでした。「もう、藤田君は合格だ、」そう言ってみんながはげましてくれました。試験を終えて函館を去る時青函連絡船に向かって北島三郎さんの函館の人が流れた。絶対にこの学校で勉強したい。そう思いながら青函連絡船に乗った。
帰りに荒尾の家によって両親に報告をした。その時、関先生から電話が入り、「藤田君おめでとう。合格だ!!」嬉しい知らせを受けた。両親は喜んでくれた。なんでこんなに早くに合否が分かるんだろう。不思議だった。関先生は秘密といった。とにかく間違いないからと言ってくれた。大学院生も今日はお祝いをすると盛り上がっていると言っておられました。学校へ帰ると勿論先生たちは合格を知っていて「おめでとう」と言って頂きました。各研究室を周り合格の知らせを先生方に報告した。
こうして又新たな道が開かれることになりました。たくさんの方にご指導いただき、お世話になりまた一つ成長できたと思っていました。関先生の優しさを忘れることが出来ません。大学院に行ってからもいろんなことをご指導いただきました。本当にありがとうございました。
日高先生が北海道大学を進めたその理由は大学院生活が始まると分かってきました。

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by fujitakikaku | 2018-01-11 07:00 | 青春の思い出・我が故郷九州熊本 | Trackback | Comments(0)

フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/


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