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藤田八束の日記

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フジタ企画社長藤田八束が、出張先等で出会った素敵な景色やお宿を、趣味の写真満載でご紹介。HPはhttp://www.fujitakikaku.co.jp/

藤田八束国宝臼杵石仏を訪ねて、歴史を語る臼杵の町並みと臼杵城、武家屋敷の庭園春光園

国宝臼杵石仏を訪ねて、歴史を語る臼杵の町並みと臼杵城、素敵な臼杵の御宿料理春光園

臼杵の城下町散策・・・・②

ご案内いただいたのは春光園の女将さんにご紹介いただきました
NPO法人うすき竹宵 理事長 高橋真佐夫様です。
高橋様にはお素晴らしい城下町の案内をお願いし、そのスタートはここ三重塔(龍原寺)から始まりました。とってもわかりやすく、楽しく、興味深く案内していただきました。ありがとうございました。
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「あまのじゃく」がこの三重塔の屋根を支えています。これがどんな意味があるのかはわかっていないそうです。でも、この造りの素晴らしさは若い、建築家を目指す学生たちの勉強の場所になっているということでした。
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「大橋寺」にまつわるお話には感動しました。
隠れキリシタンの多かったこの地区ではキリシタンの禁止令が出ます。そして、キリシタンは捉えられ処刑されます。その時、村のキリシタンを守って、この村の人達はうちの寺の檀家だといって守り通してくれたお寺がここだとお聞きしました。そして、全員が処刑されることがなかったといいます。その町の人達は毎年、このお寺に参拝し、お礼をするそうです。当時そうして守ってくれた御坊様たちがいらしたことに、なんと素晴らしいお話だろうと感動していました。

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石畳の道、白壁の商家、寺院が建ち並び、風情のある昔の街並みが残されています。
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紙で作られた薄いお雛様、これが臼杵のお雛様の特徴だそうです。幕末のころ藩の財政は厳しく、贅沢をしてはいけないと倹約を命令したそうです。でも子供達のお祝い、お祭りは絶体にしたいと思う町民たちは紙でお雛様を作ることを指示したそうです。いろんな面で節約をしたそうです。
徳川の時代が終わり、武士は困窮します。その時に倹約してためておいたお金を分配してその急場を乗り越えたと資料が残っているそうです。そんないわれがこの紙の雛人形にあるそうです。稲葉のお殿様の素晴らしい指導力がここにありました。稲葉家は15代にわたりこの臼杵を守ったそうです。
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歴史は作られていきます。しかし、それは嘘を並べているわけではありません。史実に基づいて、残されている資料に基づいて作られています。その面白さは臼杵にもありました。興味のある方は是非お勧めします。
「徳川家康と春日の局は夫婦であったかもしれない」という話は最高でした。・・・・沢山のお話しがあります。
家系図に基づいて説明を受けました。
この家系図高橋さん達が資料に基づいて作成されたそうです。
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ここには数々の遺品が展示されていました。キリシタンの町でしたからそれに纏わる素晴らしい話が沢山有りました。そして、この資料館を造るに当たり、臼杵の職員さんは見事な知恵を発揮したといいます。こんな素晴らしいお金の使い方なら、大賛成です。本来はパソコンセンターを作るお金だったそうです。町を広く知ってもらう手段としてITを利用するということでテーマは南蛮貿易と臼杵の繁栄です。本党はこの資料館を造るのが臼杵市の目的だったということです。
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<臼杵城>
戦国時代、キリシタン大名の大友宗麟が築いたそうです。私が行ったときは桜はまだでしたが、今にも咲きそうでした。沢山の桜の木が今にも咲きそうでした。満開の時は沢山の人で賑わうことでしょう。見事な情景が想像されました。
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臼杵駅には石仏のオブジェがありました。静かな駅舎は春風が優しく吹いていました。とっても爽やかな春風でした。
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JR大分駅に注目、この駅舎とってもお洒落に変身中でした。さらに注目は若い人たちが駅舎にいっぱいでした。駅舎と学生たち、若者達。この光景はとっても素晴らしい光景でした。
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JR大分駅です。リゾート列車「ゆふいんの森」が入ってきました。
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次は国宝臼杵石仏を拝観しました。・・・・・③へと続きます。
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by fujitakikaku | 2013-03-29 07:53 | 美しい日本の春・夏・秋・冬 | Trackback | Comments(0)

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